2015年夏(Class of 2017)からの米国MBA留学を目指す、某仕事人の軌跡

2010年10月20日水曜日

Chicago Booth & Kelloggビジットレポート

あっという間に最終日。もう風邪はすっかり治り、力が漲ってきていた。

もっとも寒いと思われたChicagoの街に防寒対策バッチリで乗り込んだが、この一週間で一番暖かく、街では夜なのに半そで姿の人もちらほら見えた。

Downtownにある会社元先輩(Boothに留学中)の家に泊めてもらい、一杯やってから就寝。
翌朝は徒歩電車で学校まで共に向かった。シカゴはとにかくビルが高く、これには驚いた。



駅から一直線に学校へ向かう学生に紛れ、校舎まで。今までで一番きれいな校舎との印象を受けた。


アドミオフィスでビジット資料一式とネームプレートをもらい、授業へ。ここからどっぷりBoothの授業へと浸かった。

【Strategic Development】

製品を通してどうビジネスモデルを構築するか、成長するに当たりどういったステップで製品をリリースしていくか、それが産業にどう影響を与え、自社の収益に寄与するのか、というCorporate StrategyとMarketingを融合した様なテーマの授業であった。

Web Musicを例に、Product, User, Advertisement, Supplierなど複数の要素を図示し、それぞれがどう有機的に結びついてビジネスモデルが形成されるかをディスカッションベースに時間をかけ明らかにしつつ、時々理論を用いながら具体例を抽象化していた。プロダクトライフサイクルが実ビジネスで形成される様子も解説されていて、学問らしさを感じる内容だった。

1時間半程で休憩に入り、また授業が開始。どうやら2時間ぶっつづけの様で、アドミのInfo sessionも気にかかったが、授業は絶対この場でないと味わえないことを考慮し、そのまま出席することにした。

後半は教授の力作プレゼンテーション資料を中心に、理論を学ぶ授業内容。先輩から「シカゴは米国一(世界一かもしれない)多くノーベル経済学賞受賞者を輩出している大学で、研究者肌の教授が多い」と聞いていたが、まさにその内容にふさわしい、学問として優れた理論を学べる場だなという印象を受けた。

内容は、ビジネスモデルを評価するプロセスの紹介だった。簡単に纏めると、以下。

1.Business Drivers
 市場規模・成長性・収益性、競合、コストなど、マクロ寄りの外部環境を分析する
2.Critical Assumption
 ビジネスの成功を左右する前提条件のうち、インパクトの大きい前提条件を絞り込む
3.Causal Factors
 Critical assumptionに影響を与える要因を特定する
4.Assessment
 自社が取りうるリスク許容範囲において取り組みたい優先度の高い順に事業を並べる

これを、複数のチャートや統計などを用いてよくまとまったプレゼンテーションにまとめていた。勿論ビジネスの現場を科学しているから、現場なしには語れない話ではあるが、これまで見た他校の授業の中で最もアカデミックに仕上げられた授業であった。




そんなこんなで3時間に及ぶ授業が終わり、ランチタイムへ。

【日本人在校生とのランチ】

ふらふらと食堂に来た。やはり校舎どこを見渡してもきれいである。


 
このランチでは、ビジット最終日にふさわしい腹落ちがある会話だった。

対応してくれたのは2年生でGoldman sachs→Bain capital(世界的PEファンド)出身のKさん、1年生で総合商社から社費派遣中のAさん、同じ会社(!)から社費派遣中のIさんだった。Wharton、MITでのキャリアに関する話の続きで、事業のValue Upを図るPEファンドがあるはずで、そこへ移ればよりアグレッシブに事業のValue Upに専念できるだろうという仮説を持っているという話から切り出した。このテーマに関しては、まさに自分が予てから興味があったBain Capital出身のKさんがいたことに加え、総合商社から派遣されたAさんがステップ的には自分の目指す姿と近かったこともあり、大いに盛り上がった。まず、議論の結論を纏めた以下の表をご覧頂きたい。
 

要は、キャリアパスを概念レベルで成長ステージ順に並べた場合、今いる総合商社から転職をしてもしなくても、やりたいことは実現できるので、あとはリスク許容度・体力・価値観に合わせて転職するか否かを選択するかのみである、という点に着地したのだ。
 
順を追って議論を振り返ってみよう。まず、こんな質問をKさんに投げてみた。
 
「自分はPEへの転職を見据えてMBA留学を考えているが、PEで投資と事業経営の両輪に携わり、特に投資先のValue Upを手掛ける事はできるのか?カーライル出身のWharton在校生に聞いたところ「PEは限りなくフィナンシャルインベスターだ。」と言っていたが、Bain Capitalのスタンス含めて教えて欲しい。」
 
答えはこうだ。Value Upに力を入れているPlayerとそうでないPlayerがいて、前者はBain Capital・ユニゾン・アドバンテッジドパートナーズ、後者はカーライル・KKRだと。Bain Capitalで言えば、組織は①投資案件を発掘する「投資管理チーム」と②投資後の投資先のValue Upを図る「ポートフォリオチーム」の2つから構成されている。ただし②にJoinするためのスペックとして、コンサルでの経験値が高いか事業会社で利益責任を負う立場を務めた経験があることが求められ、MBA上がりの若造では相手にされないか、運よく加われても結果が出せずいつクビになるかわからないとのこと。これは他のValue Up特化型ファンドでも変わらないだろうと言っていた。
 
そこでKさんの提案としては、MBA留学後は一旦コンサルに入り経験を2~5年積み、それからPEファンド(Bain Capitalと今から特定する必要はない)に移るのでもいいのではないかというものだった。
 
ただこれはあくまで一般的なキャリアパスであり、議論の対象は「そもそもPEの先も含めて、何がしたいのか?」へと移った。自分はこう答えた。(上の図に沿って説明する)
 
「事業会社」で駆け出しの社会人生活でビジネスの基礎を学び、「MBA留学」で知識と経験の整理を行い、基礎力養成に一旦ピリオドを打つ。卒業後は「戦略and/or金融のプロフェッショナル」の性質を持った仕事に従事し、経営者として重要なスキルを身につける。次に事業会社の経営幹部となり自らの手で会社を動かし、最後に事業会社の社長として落ち着くか、投資家となって次なる事業家達をインスパイアする存在となりたい。そうして日本もしくは世界に価値を創造していきたい、と。
 
するとKさんは外資系金融やコンサルでよくあるキャリアパスとそっくりだと言う。プロフェッショナルとして他人の買収案件や経営戦略を考え続けているといつか飽き、自分のアカウントでビジネスをしたくなり、事業会社に移りたがる。その事業会社で上り詰めるか転職を更に行い、最終的には事業会社の社長か投資家として落ち着く、と。
 
総合商社から社費で派遣されているAさんがここで口を開いた。Aさんは放送会社や金融会社を買収する専門部隊で8年間(たしか)務めたが、買収のプロとして今後も生きるより事業全体をマネジメントする立場になりたいとのことで、その能力を高めるためMBA留学に社費で来ている。将来は勿論元の会社に戻り、投資先の事業経営に携わり、ゆくゆくはグループ会社の経営者になりたい、とのことだった。彼はMBA後転職をしなくても総合商社というマルチセクターの企業のリソースを最大限活用すれば、先に筆者が言った様なキャリアパスは描けるとの意見を持っていた。
 
違いは、先の図の下半分に書いたような差異だ。若干単純化しているので必ずしも当てはまらないかもしれないが、まぁざっくり言えば大きなズレはないだろう。この部分は会社の評価・給与制度の話なので直ぐには変えられらないので、リスク許容度(総合商社にいれば雇用と収入が保証されていることの意義は大きい)、体力(外資系での激務に体がついていくか)、価値観によりけりでどちらかを選ぶというのが着地点となった。
 
加えて、日本の国益にどれだけインパクトを与えられるかという観点から外資系キャリアチェンジ型と総合商社完結型で比較してみた。筆者が、国益のためなら日本のインダストリーに深く根ざしていて、かつ日系企業である商社の方がよく、あくまで海外の投資家の利益の為に働く外資系よりはいいのだと思うと意見した。するとKさんがこう答えた。
 
「自分は日本の為にBain Capitalで働いてきた。PE産業が定着していない日本において、横並びの日系大企業の動きを待っていたのでは、いつまで経っても溝は埋まらない。だが誰かがパイオニアとして良い事例を作っていけば、大企業も意義を確認して産業が盛り上がるかもしれない。日本の産業が将来的に弱体化すると懸念されるなかで、PE投資がもっとメジャーになり数多くの日本企業が再生したなら、間接的ではあるが国益への寄与以外の何物でもないはずだ。」
 
確かに日本で事業を行う会社に投資し、その日本の会社のビジネスを支えるのであれば、それは日本の為に働いていることにほかならない。このロジックが構築されたことにより、先の「外資系キャリアチェンジ型」「総合商社完結型」のいずれも自分のやりたいことは実現され、あとは正解不正解のない選択の領域に入るのだとの着地点を得た。
 
こんな議論を2時間近くに亘り繰り広げたお陰で、結局Chicago Boothの情報はあまり取れなかったが(以下箇条書き)、それ以上に大きな収穫があったし、ドンマイ俺。
 
・例年1学年当たり550~600人、内日本人7~8人程度
・Core授業は一切なし、全てElectiveであり、自分の興味に応じて深掘りできる。6人一組のLearning teamがアサインされるので、その学生とは濃いネットワーク作りができるが、それ以外は努力しないと広がらない。
 
最後はエッセイ&学校選びのTipsとPost MBAのCareer opportunityに関する小話で締めくくった。一言で書くと、自分のバックグラウンドを活かして入りやすいTop5スクールに入ってしまえ、とのTips。米国で就職するなら、トップスクールの中でも名前は重要になるが、日本においては、Top5(HBS、Stanford GSB、Wharton、Chicago、MIT Sloan)のどれであっても「トップ校MBAホルダー」と括られてしまうとのこと。日本に帰ってくることを前提にするのであれば、その5つに入っていればよく、またトップスクールの授業はどれも充実しており、極論すればどこでも自分の興味と努力次第でどの分野についても習熟度を高められるため、とのアドバイスだった。
 
(まぁ今回のビジットを通してスクール毎の授業スタイルが結構異なっていることを認識したので、贅沢を言えばトップスクールの中でも自分が行きたいところを選びたいが。)
 
あっという間にランチタイムは2時間近くが過ぎ、在校生達は授業へと向かっていった。ここでの発見がいかに大きかったか、今振り返っても思う。

さて、この日は少々忙しいが、午前中はここらで区切りをつけて、午後はKelloggへ行ってみることにした。向かう途中でChicago大学内の広々としたキャンパスが美しかったのでカメラに収めておいたので、どうぞ。






【Kellogg】

到着したのは夕方で、授業が受けられる時間帯ではなかったので、キャンパス内を散策する程度に留めておいた。パープルがスクールカラーなので、やたら我が出身大学である紫紺がトレードマークのM大学を彷彿とさせる見栄えだった。校舎は古びた感じで若干残念だったが、キャンパスはミシガン湖沿いにあり、景色がとてもきれいだった。








Kelloggを後にして、シカゴ市内をさっと観光。六本木ヒルズや丸ビルが50何階だの言っているが、シカゴのDowntownには、70~100階クラスのビルがバンバン立っており、日本の高層ビルなど比じゃない程のスケール感だった。

世の中広いものだ、と感心しながら街を歩いた。



【Chicago日本人在校生との夕食】
 
最後の夜は会社元先輩との夕食。Carsan'sというシカゴで2強の一角を占めると言われている老舗店で、バスケ選手、野球選手、政治家、起業家などシカゴ生まれのスター達の写真とそのサインが所狭しと張られていた。中にはシカゴを代表するあのスターのサインもあった。


全部食べたら1キロは太りそうなどっぷりとしたステーキをほおばりながら、少々内輪ネタになるが、自分たちがいる(いた)会社がいかに恵まれた環境であるかを語ったと同時に、その素晴らしい会社を辞めることに対する意見を出しあった。

まずその先輩曰く、会社を辞める時、さんざん周りから「なぜそんなにいい会社を辞めるのか」と問われ続けたという。実際辞めてみるとそれ以上のレベルの働く場が意外と少なく、本当にいい会社だと気付いたとのこと。ただ、その素晴らしい環境を脱してまで私費で(といってもこの方はフルブライト奨学生なので授業料は支給されているが)来ることは、人生の挑戦とも言うべき経験で緊張感があり、絶対に後戻りできないという背水の陣で将来を考える日々を強いられるので、それはそれで人間を強くする良い経験だ、と語っていた。

2軒目は名前は忘れたがシカゴ一高いビル(世界で5番目の高さ)の96階にあるBarへ。先輩の同級生で某銀行から私費で来ている方も加わった。男3人でめちゃめちゃ雰囲気が良く夜景が最高に美しいBarで、熱い語りが展開された。


まず、20年後日本がどれだけ国内マーケットを軸に食っていけるか保証がないなかで、海外でも生きていける、日本にいてもグローバルベースで戦っていける力を養うために、もっと日本人は海外へ繰り出して行くべきである、という議論から開始。日本人の英語力が他国を圧倒的に下回るレベルであり、これにはもっと危機感を感じなければいけないし、危機感を感じたならそれに対処する行動を取らなければいかん、という話題となった。

同時に、自分はHKSにも行った通り、日本という国家全体の将来を考えて個人が行動を起こすべきだという考えを持っており、この発想で動く人間が世の中にもっと増えなければならないと論じた。

実際日本人MBA留学の人数も減少傾向を続け、世界の中での日本のプレゼンスがみるみる落ちている。この傾向に歯止めをかけるべく、我々の世代が立ち上がらなければならない。今まではアメリカの庇護のもと、日本企業特有の護送船団方式で何とか生き延びてきたが、これからはアメリカがどこまで日本を支援するか不確定である。

この先日本が放置されたとき、自分たちの頭で動かないと置き去りにされてしまう時が来るかもしれない。その時には恐らく、今の20~30代の若者が国の主力世代になっているだろう。いざ主力世代になって、準備ができていなかったがゆえに路頭に迷っていては、国は間違いなく潰れる。来るべき時に備え、今から打てる手段を講じていかなければならないと、それぞれが代わる代わる語った。

最後には、とは言え英語力の低さには日々口惜しい程に低いから鍛えないとね、と帰国子女でない先輩とその同級生が話しているのを間近にして、テストで単純に点が取れるだけでなく(勿論取れないと留学できないので欠かせないが)、それ以上にまともにコミュニケーションできるレベルに達するまで、能力向上を目指し続けるのがいいのだろうなぁ、とぼんやり思った。

こうして濃密なビジット週間最後の夜は締めくくられた。

1 件のコメント:

  1. こんにちは。細かい点で恐縮ですが、Top5はHBS、Stanford GSB、Wharton、Chicago、あとKelloggではないのでしょうか??
    単純に疑問に思った次第です。

    あとTop5というよりは、アメリカの場合M7といういい方が一般的ではないのでしょうか??

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