2015年夏(Class of 2017)からの米国MBA留学を目指す、某仕事人の軌跡

2011年11月23日水曜日

百折不撓

百折不撓(ひゃくせつふとう)

意 味: 何度の失敗にもめげずくじけず挑戦すること。

解 説: 「百折」は、何度も挫折すること。「不撓」は、くじけないこと。「撓」は、くじけるという意味。

負けっぱなしの最近の戦況であるが、ふと、なぜか、「何度負けたって、MBAという向う先はいなくなるわけではないし、自分が諦めなければ必ず勝つ日が来る」と歩きながら思いつき、何かこれを表す言葉はないかとネットで探したところ、この言葉を発見した。

まだTOEFLで「折」れたのは「百」ではなく「十七」回。GMATで折れたのは「一」回。この四字熟語が存在するということは、死ぬ気で百回挑戦して結果がでず、それでも鬼気迫る挑戦をした先人が本当にいたのだと意味しているのだろう。

20日(日)にお馴染み横浜駅西口でTOEFL18回目を受験してきた。
26日(土)にはまたもや同じ会場でTOEFL19回目を受験する。

12月6日(火)(1日から出張のため変更)にはGMAT2回目を受ける。エッセイはまだ着手しておらず、仮にスコアが出たらそこからの超急ピッチでの作業となる。自分自身でもイメージが正直湧き切っていない。

依然焦りはある。

ただ、確かに焦りはあるものの、先ほど書いた様に「MBAは逃げない。自分が逃げたら終わり、逃げなければ終わらない」という非常にシンプルな気づきを先ほど得てから、なんだか気が楽になった。やらなければならない、という切迫感とは違う。今年は無理だという挑戦放棄とも違う。

「要はやるだけ。Just Do It」

ということだ。何度か今までのEntryでも似たようなことを書いてきたが、辿りつくのはこの解なのだろう。

元から持っている能力だけでは到底MBAにいけないことを、痛いほどわかった。中途半端な努力でもだめなことも分かった。

やりますか、やれるだけ。





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2011年11月19日土曜日

泥沼の戦い

久々の更新。

最近は、TOEFL、GMAT、Essay、コンティンジェンシープランとして来年度への繰り越し検討含め、日々混沌の中で過ごしている。

まずTOEFL。先日16回目と17回目を受験してきたが、ここに来てなんと88点と77点という直滑降スコアをたたき出し、見るも無残な結果。

GMATもYESに通う回数が減った。平日は異動後の業務過多のため封じられたことにより週末に限定されたこと、その肝心な週末もTOEFLや親友結婚式出席などで重なってしまったことによる。結果、最近SCの正答率も下落傾向。Mathは一向に正答率が上がらず、簡単なはずの問題にも回答に時間がかかる。本当に自分の地頭の悪さに溜息が出る状況だ。

EssayはAGOSのTOP校合格コースを受講させてもらっているのものの、まず土台であるTOEFL・GMATのスコアが出ないためか、先方もあまり本気で指導する様子が見られない。

例えば、フルブライトに出願したときに散々話したキャリアビジョンやリーダーシップ発揮のエピソードをコンサルタントがまるっきり忘れていて、「フルブライトの時に話したんですが・・・」と切り出しても「あ、そんな話あったっけ?もう一度説明してよ」という展開になる。

また、リーダーシップを発揮した場面のネタ出しを行っていても「うーん、それじゃあ微妙だな。学生の時のエピソードにしないか?Kelloggのエッセイ課題はその辺をシンプルに聞いてくる質問が多いので、これを土台に書いてみよう」と言われて書き始めたはいいものの、そのエッセイの但し書きに「直近3年のエピソードに限る」と書いてあり、そもそも時間をさかのぼる学生時代の努力はお呼びでないと明言されている。要はクライアントの状況をきちんと分析しないままそれらしいことを言っているに過ぎない、とこちらが感じてしまう状況にある。

なんだか愚痴っぽくなってしまっているが、時間が切羽詰まる中で、全てのピースがごちゃごちゃに絡まってしまい、フォーカスを失い、泥沼にハマっているのが今の状況なのではないかと、心苦しくも思うのである。

そんな中で、当初は2012年夏からの私費留学を想定していたこの重大な方針すら変更しうるような戦略さえ実は仕込んでいる。

それは、2013年夏からの社費留学だ。今までずっと、苦境におかれた企業、頭打ちになった成長を再点火したい企業の力になりたいという想いで、商社から出て事業再生やPE投資のプロ集団に移籍することを考えていた。しかし、足元をよくよく見ると、自分の会社にそのいずれのビジネスも既に存在し、やろうと思えばそのビジョンは実現可能であることも薄々感じていた。

また、新たに異動した部署では子会社に証券会社を保有しており、ここでは他の部署が組成又は出資したファンドを投資家に販売するビジネス、また外資系プレイヤーと組んで不動産投資を行っているため、PE投資や事業再生ファンドが日本の金融市場の中でどういう変遷をたどったのか、その現状はどうなのか、外資系プレイヤーの戦い方など、リアルな情報を手に入れている。

そこで突っ込んだ話を聞いてみると、実際はかなりマーケットとしては存続が危ぶまれており、規模間のあるビジネスをするにはBain Capitalやカーライルなどの欧米系一流ファームか、銀行又は商社の傘下にある和製ファームしかないのだろうということがわかった。

また、外資系ファームは焼畑農業的にマーケットを考えており、日本でそれなりの投資リターンが得られないならあっさり拠点ごと売却するまたは全員解雇して拠点ごと平気で潰すというドライな手段を取りうること、和製ファームに入るなら、傘下の会社にプロパーとして入るより、親会社から出向して入り込んでいかないといいポジションに就けない傾向があるという、いずれの道を選択してもシビアな側面があることもわかった。

そんな中で、私費(=転職)で留学すれば外資PEを中心に考えるだろうし、社費(=今の会社に戻る)で留学すれば傘下のPEを考えるだろうし、それぞれに一長一短あれど、PE産業に関わる道筋はどちらに進もうがあるのだろうという考えに至っている。

つまり、MBA留学に当たっては、私費も社費も関係ない、即ちとにかく行くタイミングで誰がスポンサーになるかは縁で決まるもので、並行して可能性を探ればよいという結論に至ったのである。

長くなったが、こういった考えの変遷から、2012年留学のサイクルには予定通りスコアがきちんと出た場合出願し(=スコアが出なければ今年の受験は見送り)、同時に2013年留学のサイクルには社費出願をすることにした。そして、社費派遣に選ばれないまま出願し合格した場合はすぱっと会社を辞めて私費留学にする予定、というかなりニュートラルな姿勢でいる。

MBA留学への想いは揺るがないが、その意思を日々の勉強に反映させ、結果を出すことがいかに難しいかを痛感し、自分の頭脳力が情けないほど冴えないことに辟易とし、最近現実逃避すらしかけているが、これではいけないのだということだけは嫌というほど分っている。

ここ数カ月のエントリーが言い訳っぽくなっているのを見返して、ほんと自分はだめなやつだなぁと思うばかりだが、この苦労の先には必ずや成長機会と刺激にあふれた世界が待っているのだと鼓舞しながら、くじけそうな自分に打ち勝つしか打つ手はないのだろう。

負け戦が続く中での悪あがきとして、明日はTOEFL@横浜駅西口を受験する。もう18回目だ。受験回数を数えてみて溜息が出たが、仕方ない、やるしかない。そして次々週の12月1日にはGMAT2回目の受験だ。

準備は正直はかどっていない。だが、ここでテストを受けることすら逃げたら、そのままもっと遠くへ逃げて行ってしまいそうな気がして、受けている。

しみったれな自分ではあるが、目の前の課題に正面から向き合い、ボコボコにされても逃げずにいたい。




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