2015年夏(Class of 2017)からの米国MBA留学を目指す、某仕事人の軌跡
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2015年1月3日土曜日

賽は投げられた

MBA本格準備を開始してからちょうど丸5年。

依然紆余曲折の最中にいるが、2校の出願書類を提出した。得も言われぬ、この心境。

以前のEntryに記載の通り、GMATに大きな弱点抱えたままでの、捨て身の出願。これが吉と出るか、凶と出るかは、想像すらつかない。

しかし、もう、賽は投げられたのだ。

どんな結果も受け止めねばならない。2月のGMATまでは、乾いたタオルを絞りに絞るように、勉強するほかない。そして、GMATが終わった暁には(そうなることを切に願う)、即インタビューの準備、3rdの出願が待っている。GMATで外せば、GREに全てをかけて、更なる泥沼の戦いに突入する。

できることだけにとことん集中し、日々を過ごしたい。

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2014年12月27日土曜日

死線 -決戦は、ダメ押しの2ndラウンドと禁じ手の3rdラウンドへ-

12月25日、運命のGMAT4回目が終わり、廃人と化した一夜を乗り越え、次なる一歩を踏み出したところだ。

前回Entry以降、色々あった。

担当案件の急展開による不可避の海外出張、それを埋め合わせるためにもらった数日の有給、Prepレベルだが620~660点での安定化(従前は600点に行くか行かないかの水準)。

25日には650点は超え、うまく跳ねれば700点も超えrられるのではないかという淡い期待もあった中でのGMAT4回目受験。

勇んで試験会場へ。ところが、予期せぬ展開。ここ最近のPrepでは安定してMが48~49が出ていたので、解けない問題の発生率が「たまに」という感覚値だったのだが、本試験では、「頻繁に」というくらい出てきた。これで完全にペースを崩し、Vでも及び腰の解き方になった。

結果、、、

Total 530
M42
V21
IR5

頭の中が真っ白になった。目の前から、多くのスクールが遠のいていくのが見えた気がした。

そこから半日は、現実を直視できない一日。夜に至っては、自分の犯した失態によるインパクトの大きさに只々苛まれ、ほぼ一睡もできなかった。

昨日、年内最終出社日。同僚、上司にも事情を説明して休暇を取っていたため「どうだった!?」と出社一番に聞かれ、「すいません!最悪のシナリオ突入です!」と一言。朝から部署まで沈んだ感じになってしまった。

こんなエラーをするのは自分だけだろうな、、、もうStanfordとかどこに行きたいだとか言ってられないな、、、片足どころか、もう棺桶に両足突っ込んだも同然だ、、、など、意識朦朧としたなか業務に取り掛かりつつ、MBA派遣担当者へ状況報告。

すぐ会議室に呼び出され、面談。聞くところによると、

①後でGMATを受けてスコアアップデートすると反映してくれる学校もある(筆者の会社の社費派遣生の場合はよりまともな対応をしてもらえる学校があるとのことだが、これは社費/私費、会社による差はあまりなく、運によるところが多い模様)
②GMATが500点台でも2ndで出願した筆者の会社の社費生が過去、条件付き合格(GMATがXXX点出たらOK)をゲットした事例あり

とのことで、こんなスコアでも生き残る術はまだあるようだった。

更に、突貫で情報収集したところ、①の具体的な情報がそれなりに入ってきて、学校の具体名、アップデートの提出の期限感まで出てきた。

結局筆者のGMATスコアは、

1回目:560(M49 V19) →キャンセル(60日間の復活期間経過済み)
2回目:540(M44 V21) →キャンセル(60日間の復活期間経過済み)
3回目:500(M38 V21) →キャンセル(まだ復活可能)
4回目:530(M42 V21) →現在生きているスコア

という状況で、 こんな点数では全くお話にもならないのだが、上記情報を踏まえてアダムとも会話した結果、

2nd:2校(筆者の会社であれば多少は大目に見てくれるであろう学校)
3rd:7校

でトライしよう、ということになった。社費生のアドバンテージで使えるものは、使い切るのである。

そして、次回、入魂の一発のGMATは1月末~2月頭とした。3rdの締切は3月~4月に集中しているので、3rd出願の観点からは2月下旬などでもよいのだが、スコアアップデートが間に合う時期という観点からはToo late、というのが時期選定の理由。

そして更に裏技、これはGMAT5発を使い切ってしまった方には特に参考にしていただきたいのだが、GREを受験するというオプションも存在することがアダムより提示あった。

GREは、リンクにも記載あるように、GMATとそこそこ似ていて、MathがGMATより簡単、Verbalが難しい、というもので、TOEFLとIELTSの様な関係なのだろう。どちらかを頑張っていた人なら、他方には応用が利くという代物なので、受験回数を増やす、という観点からは、次回GMATを受けて、万一ミスったら、即座にGREへ移行、3rd締切までには最低1回、時期によっては2回受験が出来ることになる。そして、GREでいい点出たら、3rdではGREだけ学校に提出すればよい、という話だ。

もうこうなれば、どんなオプションでも構わないので、やれるだけやるしかない。

この年末年始は、2校のエッセイを即仕上げ、残りは全部GMAT勉強。

仕事も担当案件が大いに盛り上がっており、1月は海外出張してDealの最前線に立たねばならない場面が2度予定されており、出張中は物理的精神的にかなり拘束されるため、1月の準備期間もあるようでないようなもの。その中で、500点台から脱出するには、慎重な準備を要する。

死線。今自分が立たされているのは、この線上に他ならないだろう。一歩踏み外せば、頭を撃ち抜かれる、そんな状況だ。益々緊張が高まってきている。プレッシャーも半端ないが、心身の健康だけは崩さない様、この苦境を乗り越えたい。

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2014年11月24日月曜日

出願戦略を考える

昨晩Adamとの相談の結果、ありうる出願戦略が見えてきたので、備忘までに投稿しておく。

まず、GMATのThresholdは650。ここまで取れれば、いくつかのスクールでは「低いが、まぁよし」という判断になるが、これを下回ると、スクールが「明らかに低いが敢えてとる」という判断をしない限り拾ってもらえない=650を下回るとトップスクールはほぼ絶望的、というアドバイスだった。

これを踏まえ、次回年末に650を取れた時、取れない時に分けて記載したい。

<次回GMAT650以上を取れた場合>
◆2nd round(1月上旬)
出願校: HBS、Wharton、Stanford、LBS、Kellogg、MIT
理由: HBS・Wharton・LBSは比較的GMATスコアに対して寛容。IELTS7.5は高得点の領域に入るため、HBS・LBSはこれを好む、従いGMATが多少低くても十分戦える。Kelloggはエッセイが簡単で、すぐ終わるので、とりあえず出願。StanfordとMITは、いずれも680以上を好むが、650でも何とか出願はできるため、受験校リストには含める。

着手の順序:HBS → Wharton → (GMAT受験) → Stanford・MIT・LBS
理由:HBSとWhartonのオーバーラップ部分は少なく、どちらも工数は変わらず、どちらも過大なボリュームではないため、GMAT準備と並行して完成まで持っていく。年末年始の連休で、一校当たり2~3日で一気に作成を片付けて、残りのエッセイを完成。難敵はStanfordとMIT。どちらも作業負荷が高く(後段の説明参照)、年末年始のタイムマネジメントが重要とのこと。

◆3rd round(1月下旬以降)
出願校: Columbia、Haas、Chicago
理由:Columbiaは春先まで出願期間があるため、2ndのほとぼりが冷めてから、GMAT5回目を1~2月に受けて、その結果で出願せよ、とのこと。Haas、Chicagoは日本人アプリカントを埋めきれずに3rdを迎える傾向にあり、ここまでにGMAT5回目で多少いい点が出せれば、GMATかろうじて望みはあるとのこと。

着手の順序:Columbia → Haas・Chicago
理由:Columbiaは極力早い方がよいため1月下旬などに出すが、あとは3rdなので、そこ付近まで引っ張る


<次回GMAT650以上を取れなかった場合>
◆2nd round
出願校: HBS、Wharton、LBS、Kellogg
理由: Kellogg、HBS、Whartonは次回GMATまでにEssayを作ってしまっているので、とりあえず出す、というのがスタート地点。HBSとKelloggは3rdの残席がほぼないため2ndで出しておけ、ただし650未満だとほぼ絶望的のため、記念受験に近い、という感じ。Whartonも3rd残席ないため2nd。ただし、650点未満でも合格がありえるため、少しは希望あり。LBSも同じく3rd残席なし。一方600点でも合格実績があり、最も現実的。Wharton・LBSともに、さすがに600点切るとほぼ絶望的。

◆3rd round
出願校: Columbia、Haas、Chicago
理由: 前提として、1月にラストGMATを受験し、そこで多少良い点数が出ることを置いている。そのため、その希望が崩れると、ここに出すことがそもそもいかがなものか、というのは、昨日のMTGだけからは不明。このシナリオは今は考えないでおきたい。

◆ 断念
断念校:Stanford(筆者個人の想いから、記念受験はありえる)、MIT
理由: Stanfordはそもそも合格率が低く、3rdに至ってはほぼ残席ゼロ。2ndでさえ、680未満はほとんど日本人で合格した例がない割に、Essay「何があなたにとって一番大事か」の作業負荷が高いため、680未満=2ndは避けるべき、3rdで出しても結局残席ほぼゼロのため、出願する意味なし。それでも記念受験的に出願したいなら、それは止めない、とのこと(手厳しい指摘だが、至極真っ当)。MITもGMAT680未満を極端に嫌い、そもそも3rd自体設けていないことから、650未満など話にならず、記念受験するにしても、Essay作成の負荷の点では、他校の回答が転用できないうえ、内容もボリューミーなので、無理やり2ndで出願する時間がもったいない


と、こんなところ。幸い、Kelloggは昨日までの何度かAdamとのやりとりを経てほぼ完成。キャリアゴールやWhy MBAは腐るほど考えてきたこともあり、迷うこともなく、夢想家の筆者にとってこの手の作業は全く苦にならず、Adamからも「考えがクリアで話が早いね」とのコメント。Kelloggはそもそも簡単なので最初に着手したわけだが、印象としては、「Essay、時間は確かに(というか想像以上に)かかるが、気合入れてやればこんなものか」というところ。

GMATに8割程度の力をかけながら、土日のまとまった時間(特に体調のコンディションがベストでない時や勉強で疲れが出る時間帯)をうまく活用して集中してEssayを片付けてしまいたい。

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2014年11月23日日曜日

悪夢のGMAT3回目

衝撃の結果。

500点

悔しいとか何だとか通り越して、茫然自失、即キャンセル。
一晩たって、ようやく現実を直視できるようになってきた。

M38
V21
IR3

Mは一問目からいきなりつまづき、焦る。途中から完全になめきられた問題しか出題されず、不安がよぎる。

Vは手ごたえがあるようなないような、いつも通りとりあえず前進する感じ。

IRはいつもより少し真面目にやったつもりだが、この点数。

テストを振り返るとこんなところか。それにしてもひどい。目も当てられない状況だ。



前回のテスト以降という観点で振り返ってみたい。今回の振り返りは、振り返り時間自体ももったいないので、簡易的な内容にとどめておく。

<勉強時間・効率>

・キャンパスビジットを行った結果、やはり勉強時間はそがれ、時差ボケの修正で生活サイクルがやや乱れた
・前回受験から今回受験までの前半半分は、週の内3分の1程度をエッセーに投下し、GMATは手薄になった
・朝2~3時間、夜1~2時間をコンスタントに確保できた
・試験前3日間は、休暇を取ることができた
・弱点分野をExcelの集計機能を使って分析して、一応弱点分野らしき部分を割り出し、それにあわせて濱口塾の教材の復習の優先順位をつけて勉強できた
・理解を先行させようと時間を計測せずに解くことが増えた。最初はしっかり考えながら解くことができたが、だんだんと漫然と濱口塾の問題を繰り返す勉強スタイルになっていった結果、消化した問題量を見てみると、意外と少なかった

<Prepの状況>
・GMATのサイトで売っているPrep追加問題を購入し、デフォルトパッケージのやり直しも含め1週間前から3回受験。結果は、

590点(M46、V26)
500点(M41、V19)
610点(M44、V30)

と、確かに今回テスト結果を予知するスコアではあった。
しかも600点と610点の回については、Vで濱口塾で解いたことのある問題がいくつも出てきたので、それを割り引くと、やはり500点台というのは当然の結果だったのだと思う。

<テスト直前の過ごし方>
・試行錯誤の結果、5時起床、7時までCRやMathの苦手問題を中心にこなし、朝食後V・Mを本番さながらに解く。ここでランチブレイク。食後にカフェでコーヒーを一杯飲み、20分ほどパワーナップをしてから、解説と間違いチェック。夕方の効率が一番下がってくるので、買い物などで少しリフレッシュしてから、夕食前のもうひとエクササイズ(CR中心)。夕食後は、軽くMathの問題を解いて、寝る。この繰り返し。ここはそれほど悪くなかった。
・悪かったのは、体調管理そのもの。普段シャワーを朝浴びる生活リズムなのだが、休憩時間のネット情報から、普段慣れない夕食後の入浴をトライして逆に眠りが浅くなったり、朝4時半起床にしてみたり(当たり前ではあるが、日中に強い眠気を感じたり、夜は21時過ぎには眠くなってしまった)、ステーキを食べると脳への栄養が充填されるというこれまたネット情報を盲信して、前日夜にステーキを食べすぎて、夜眠れなかったり。。。こういう下手なトライアルエラーはやめて、今後は毎日同じサイクルを貫くことで、パフォーマンスのブレをなくしたい

<次回GMATに向けて>
・頭だけでも顔を出そうと思っていくつか入れてしまっていた歓送会、忘年会などの人付き合いを全件カット
・NPOはどうしても外せない2件のアポを除き、年内は活動終了
・仕事は案件の性質上、海外出張に行った方が望ましい状況ではあるが、リモートでサポートできはするので、関係者に状況説明したうえ、カット。上司や同僚の理解もかなりあるので、定時出社、定時退社は次回テストまで許してもらう
・次回は12月25日(木)に予約済み。23(火)は祝日なので、22(月)・24(水)の休暇を申請する

<Essayとの兼ね合い・出願戦略>
・まだKelloggの1stドラフトを書いたのみ(しかもかなりのテコ入れをAdamより指摘うけたところでStop)なので、こちらも巻きを入れなければならない
・一方で残り時間はあとわずか。やむなく3rdも視野に入れるか、2ndでいくつかの出願をあきらめて現実路線に走るといった、苦渋の決断を迫られることになるだろう
・現在自分の会社では、30校ほどの受験可能校リストがあり、自分は特例としてその中のトップスクール9校しか受けてはいけないという条件で社費派遣の切符を手にしているが、会社とネゴをして、その特例を外す試みをしてみるか。これにより、非常に後ろ向きではあるが、もう少しレベルを落として合格できそうなスクールの受験も視野に入れる(何のための留学かわからなくなりそうで、留学すること自体が目的化する路線に走っているのは自分でも理解しているが、社費派遣が取り消しになることも大問題なので、四の五の言っていられない)
・ともかく、エッセイを後回しにはできないので、GMATと折り合いつけながら、作業進めるしかない

あまりまとまっていないが、要は、残り一か月、極限までMBA受験以外の時間を排し、心身の健康を維持できるぎりぎりのラインまで己を律し、全身全霊を込めて取り組むこととしたい。

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2014年6月30日月曜日

2014年折り返し地点、出願戦略全体を見直してみる

気付けば今年も半分終わり。時間の流れの早さにぞっとする。

目先のタスクに追われて大局観を失いつつあった自分に、ブログのコメントや個別のコメントなど、最近色んな方が貴重なアドバイスをくださるので、一旦振り返ってみたい。

特に、以下の分析をするに至ったのは、今年から米国トップスクールに留学するNさん(このブログに掲載しているメアドからコンタクトしていただいたことで知り合った)からの大変親身なアドバイスによるところが大きいこと、この場を借りてお礼を申し上げておきたい。


◆総論
<スコアメイク>
・とにかくスコアメイクが至上命題。これさえクリアすれば、後の展望は大分明るい。
・TOEFLは7/12の受験を最後に撤退。
・7月1日から、GMATにリソースの90%を集中、9~11月での700点以上の達成を狙う。
・同時に、IELTSにはリソースの10%弱を継続して、8~9月、遅くとも10月までに7.5以上を狙う。7.5が出た時点で全てのリソースをGMATに集中。
・ほんの少しの隙間時間に、エッセー、情報収集、推薦状など、他諸々を少しずつ分解して取り組む

<出願>
・8~9月にGMAT700点以上が出れば、1st roundで1~3校程度出願。2ndで1~3校出願。
・1st提出シーズンまでにGMAT700点以上が出なければ、2ndに4~6校を出願。
・2nd提出シーズンまでにGMAT700点以上が出ない場合、3rdに出願して2ndと比べて合格率が急落するところには2ndで出願しつつ、急落しないスクールについては、3rdで出願(Adamによると、そういうスクールもあるとのこと)。
・ただし、2nd出願のタイミングで5回受験を消化し、700点を下回る成績しか出なかった場合は、2ndで可能な限り多くのスクールに出願し、勝負する。


◆TOEFL/IELTS
<評価:△>
TOEFLは100、IELTSは7.0ということで、HBSを除くトップ校への切符は得ている状況。ただし、Competitiveなスコアでは全くない。

<取り組み状況>
年初から腰を据えて取り組んできた。特に5月の岡山でのうわついた投稿へのブログ読者の方からの鋭いコメントに反省してからは、毎日5時半~6時に起床し1.5~2時間勉強、18時までには仕事を終え帰宅し2時間勉強、22時半就寝という規則正しい生活を励行し、テスト地獄に正面から向き合ってきた。勿論前進はあったが、以下の状況。

<TOEFL成績>
受験回数:再始動後8回(8回目の結果未受領。9回目を7/12に予約済み)
最高点:100(R27 L27 S22 W24)
傾向:Wは不調続きであったが、Wをコンスタントに27~30点たたき出していたアフィアンス時代の友人から手ほどきを受けたので、8回目はその効果に期待したい

<IELTS成績>
受験回数:5回(5回目の結果未受領)
最高点:7.0(回によって各セクションの点数にばらつき)
傾向:最初はWとSが好調、最近はLとRが好調。ただこれらがかみ合わず7.5をあと一歩のところで逃し続けている。セクション間の好スコアが普通に重なりさえすれば7.5は目前

<結論>
TOEFLはスコア頭打ち。一方、IELTSはもうひと押しで7.5。


◆GMAT
<評価:×>
3年前の受験では、400点台を2回たたき出している。履歴が残ってしまっている点でも痛いが、それ以上に700点+までの道のりが全く見通し立っていない。ただし、濱口塾に御世話になることには決め、勉強する環境は整備完了。

<取り組み状況>
相当厳しい割に勉強に全く着手できていない状況。2013年はアフィアンスに2か月通い、その後シコシコ勉強したが、Prepでは560点に留まる状況。中堅私大文系出身というぬるい学生時代を過ごしてしまったこともあり、Mathが相当ネック。

<成績>
受験回数:2回
スコア:400点台(ひどすぎる)

<結論>
スコアメイク完了の目途が全く立っておらず、一刻も早い着手が必要


◆Essay
<評価:◎>
最近エッセーカウンセラーをAdamとEdに依頼することに決め、その過程でJohnとも話す機会があったが、3人共通して、筆者のWork experience、Corporate brand(+社費派遣)、Social activityなどのプロフィールは、総合的に勘案すると他のアプリカントを凌駕しているとのこと。書くのに時間はかかれど、ネタは豊富にあり、不安はほぼなし。

<取り組み状況>
カウンセラーを決め、入金しただけ。補助的な準備としては、明日以降複数回合計5時間内外で日本人のキャリアカウンセラーに諸々相談する時間を設けているくらい。

<結論>
カウンセラーは押さえたし、書くネタに困ることもなく、GMATスコアメイク完了まで放置


◆推薦状
<評価:○>
社費派遣であることもあり、上司からの協力は得やすい。社外で頼める人はいなくもないが、残念ながら異動が多く、社内仕事が多いため外部の方とがっつりつながる機会が少ないため、依頼できる人は多くない。

<取り組み状況>
3年ほど前にEdの推薦状セミナーに出た程度。

<結論>
どの上司に依頼するか時々考える程度にとどめ、GMATスコアメイク完了まで放置


◆GPA
<評価:○>
大学は一般入試の成績が良かったため、4年間全額学費免除の特待生となり、毎年の奨学金継続審査(GPA3.5下回ったら打ち切り)のために勉強を頑張ったことから、3.61であり、まともに戦えるスコアではある。

<結論>
今更変わるわけでもないし、まともに戦える点数なので、放置


◆インタビュー
<評価:○>
純日本製の立場としては、留学経験者や帰国子女と比べるとおおよそ話にならないレベルではあるが、発音矯正の学校に通ったり、シャドウイングやSkypeレッスンなどのトレーニングを長らく積み重ねた結果、会話力そのものに関しては、エッセイカウンセラーやアドミッションオフィスの方々と話す際にもらうフィードバックでは、「純ドメにしては全く問題なし」と言われるレベル。

<取り組み状況>
最近はスコアメイクに直結するトレーニング(TOEFLのSpeaking問題を解くなど)しかしていないためご無沙汰。仕事では海外案件に携わっているため、英語ネイティブの同僚含めて英語でコミュニケーションする機会があるが、週に1度電話するかしないかレベルであり、トレーニングにはカウントできない。GMAT目標スコア達成後にSkypeレッスンの頻度やカウンセラーとのコミュニケーションの中で会話力を上げていきたい。

<結論>
Disadvantageではないが、放置しすぎるとすぐに能力が減退するため、怠らず、維持を心がける。外国人の同僚とのコミュニケーションは極力電話にして、自然と英語を話す機会を作ることにして、それ以上のリソースをGMATスコアメイク完了まで投下しない。

◆キャンパスビジット・学校情報収集
<評価:○>
4~5年前になってしまうが、一通りの志望校へのキャンパスを実施し、またもうかれこれ受験生活も5年目になるため、卒業生とのコネクションや、学校に関する情報収集は大分進んだ。

<取り組み状況>
社費派遣の強みなのだろうが、アドミのリージョンヘッドクラスが会社に来たりするため(HBSは来社済み、Stanfordは8月に来社。その他のトップスクールも来社予定とのこと)、情報収集は勿論のこと、個別にレジュメを手渡ししたり、アピールするチャンスはあり。

<結論>
追加情報の取得は必要あるし、キャンパスビジットをできればもちろんベストだが、GMATという大敵を倒さずしてキャンパスビジットを行うかは要検討。ただし、勿論想定以上にGMATスコアメイクが早く完了すれば、間違いなく実施するし、前回のEntryで投稿してくれた方が紹介してくれた事例のように、「突撃」による成功例もあるため、チャンスを狙いたい。




ところで、丁度2014年が終わる節目の今日、たまたま社内で講演会があり、ブラジルサッカーW杯に出場した主力選手や、大リーグで日本人プレイヤーと言えば誰でも知っている選手などのメンタルトレーナーを務める方が招かれた。

パッショナブルな話かと思いきや、言葉やイメージがパフォーマンスや体の力の入り方にどう影響があるのかを、実際に参加者に試してもらいながら実証し、かつそれを理論でサポートするという内容で、まさに目から鱗だった。ほんの一部を以下に紹介して、半年の総括としたい。


・「自分はできる」と言葉で10回繰り返し、かつ過去の成功した瞬間をイメージしながら、親指と人差し指で力強く輪をつくり、他の人にその輪を崩してもらおうとすると、相当力を入れても崩れないが、全く逆のネガティブな言葉とイメージをしながら同じことをすると、あっさり崩れる。言葉とイメージは、フィジカルにもメンタルにもすぐ現れる。だから、嘘でもいいから、言葉とイメージはポジティブな状態で勝負に臨め(実験が疑わしいと思った人、実際にやっていただきたい)

・人間の「重心」は腹、足の裏にあると最も高いパフォーマンスが実現できる。(これは本当に面白いが)下を向いて足の裏に意識を集中して直立している人を、後ろから抱きかかえて持ち上げようとすると、全く持ち上がらないが、上を向いて重心が上に行ってしまっている人を同じく抱きかかえると、あっという間に持ち上げられる。緊張して「あがる」とか、「浮足立つ」「地に足のついていない」などの表現は、全てここからきている。一方、「腹をくくる」「腰を据える」などの表現にあるように、真正面から勝負をしかけるときは、これが効く。勝負の時には、足と腹に意識を集中させること。

・人間は、「自然体」で「目的に向かって一直線になっている」ときに最大のパフォーマンスを発揮する。「頑張る」状態は、体を硬直させ、悪い結果へと誘導する。(これまた面白い実験だが)、鉄アレイを持ち上げるようにして、他人にその腕が上に上がるのを押さえつけてもらう。この時、「よーし、絶対上まで持ち上げきるぞ」と、握りこぶし一杯に力を入れて上に手を動かそうとすると、相当つっかえる。しかし、目の前に果物や手すりなどがぶら下っているイメージを描き、それを普通に取ろうと、手のひらを楽にして持ち上げると、あら不思議、ものすごい力で手を上げることができる。つまり、結果を出すことにプレッシャーを勝手に感じ、目的の達成以外の要因に気を取られ、目的に直進できない時、パフォーマンスは悪化するとのこと。

例えば、上記を英語の試験(TOEFLでもGMATでもよい)に当てはめて言えば、まずは家を出る時に、言葉とイメージで勝利の信号を体中に送る。会場に着いたら、腹と足を叩いて重心を下に持っていくこと。テストルームでは「よーぅし、今日こそいい結果出すぞ、3・2・1・GO!!」みたいな感じでやっていると、絶対いい点数は出ない。まるで部屋でトイレから戻ってきて、何気なく椅子に座り、模試を再開するかのごとく自然に、英語を読みこなしていくこと。こういう取り組み方がいい結果をもたらすということなのだろう。

ただ、やはり重要なのが、日々の積み重ね。練習でコンスタントにいい結果が出ないのに、それをはるかに上回るパフォーマンスはまず出ない。ベースにはやはり、たゆまぬ訓練が必要とのことだった。

そして、徹底的な分析。特に成功している時の要因分析が大事とのことだった。よく、失敗の原因究明は大事だとは言われているが、それもさることながら、成功している時の要素をきちんと分解し、何がどうなったから成果が出たのかを日頃からケアすることで、次の成功を組み立てていけるということであった。

思い返すと、最近のテスト、特にTOEFLでは、心のどこかでいつも「今日もきっとダメなんじゃないか」「ほら、またつっかえた」「うわっ、今日は自分のリスニング中に近くでスピーキングが始まっちゃったよ、集中できん」「なんか今日は妙に耳栓の調子が悪いな」など、邪念が頭をよぎり、試験中「だから今日もきっとダメそうだ」と及び腰になっていたことが多々あった気がする。

実際に、「スランプや負け癖根性からどうすれば脱却できるか?」と自身で手を上げて質問したところ、対処法の一つは、上記にもあるような、成功の分析をしっかりして(失敗の中にもうまくいっていた部分は必ずあったはず)次回には成功要素に基づいた戦いをすること、もう一つは負の遺産は一切捨てて、ゼロベースで、「頑張らず」「自然体」で戦い方を構築し実践することをアドバイスとして頂戴した。

今後GMATという強敵を前に、TOEFLで連戦をつづけたようなマインドセット(ましてやGMATには過去400点台をたたき出したトラウマもある)を垂れ流していては、間違いなく危ういが、今日の講演に出会えたことで、少なくともマインドセットの部分で、なぜ自分が連戦連敗を積み重ねて来たのか、わかった気がする。

バカ一直線ではあるが、言葉とイメージで勝利の癖を身に着け、重心を下に降ろし、自然体で目的に直進する姿勢で、今後のバッターボックスに立ちたいと思う。

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2014年4月2日水曜日

TOEFL100点!ついでに、韓国本の購入方法のご紹介

3月23日のTOEFLの結果が出た。

100点!!!

R27
L27
S23
W23

一応100点には達したものの、これほど微妙な点数はない。

ダメとは言わないが、これでは「一応トップスクールにApplyできる点数」でしかない。
一方で、これまでは100点にすら達していなかったので、そもそも出願できない点数という始末だったため、まぁこれで一旦安心という整理にはなる。

今回は、予想に反し、L27という点数が出た。これまで25の壁を越えられないでいたので、自分でも驚きである。

Rもいくつか迷ってしまったので、24~25あたりが出るのではないかとヒヤヒヤしていたため、27が出て意外。

SはTask5が会心の出来であったはずだが、点数のブレイクダウンを見ると、IndependentがGood、残りがFairとなっており、自分の手ごたえとは少々違った点数の出方だ。

一番もったいなかったのがW。最近LINGO方式で解答しているが、点数がなかなか伸びない。今回思い返してみるに、比較や倒置をいくつか使ったが、覚えている範囲で肝心の倒置の順序を凡ミスするなど、逆に減点要素をつくってしまったのが悔やまれる。

単複、冠詞もいくつかミスっていたと思う。ここをしっかり押さえて27くらいとっていたら、104でめでたく一旦TOEFL終了と出来ただけに、悔やまれる結果だ。


さて、今後の話。

次回は4・27@御茶ノ水。

最高の環境でリベンジ。前回の投稿で、読者の方から「日曜はリサイクルがでやすい」との話をもらったので、そうなったときに力を発揮できるよう、特に韓国本のUsher TOEFL Final Testシリーズをくまなく勉強しておこうと思う。

そして、保険的な位置づけで受けるIELTSがどうでるか。5月に3週連続受け、6月にも一回用意している。4月はIELTSへの調整+TOEFL次回へ向けた準備に専念したい。

そして、GW(ガリベンウィーク)は、IELTS対策を行いつつ、GMATにも着手しようと思う。というのは、一旦TOEFL100が出たので、IELTSが受け付けられないWharton、Columbia、Kellogには最低限このスコアで勝負し、HBS、Stanford、UC Berkeley、MIT、Chicago、LBSはIELTS7.5(HBSにApplyできる点数。これが、予定している4回のテスト中で出るという前提)で勝負すれば、一応自分が会社から指定されている全てのスクールには出願できるということになる。

最強の敵GMATは、6月や7月になってから本格着手すると、間違いなく受験が秋口に食い込み、下手すると年末まで苦しむようなプランになってしまう。全部2ndで勝負をするという厳しい戦いになる。

少しでも早期に決着つけるためには、5月にIELTS7.5を確保するよう準備をしつつ、GMATを先行着手。5月に無事7.5を確保したら、それ以上TOEFLにもIELTSにも拘泥せず、スパッとGMATに切り替え、一日も早くGMATを終了し、エッセイ、インタビュー対策に着手したほうが、出願の「総合点」は確保しやすいと思う。

その点、今日100点を確保できたのは、IELTS受付不可のスクールに出願が可能になったという意味で一つの安心材料になった。ただ、あくまで最低点を取ったにすぎず、まともに戦えるスコアでないため、4・27で全力をつくし、更なる前進を果たしたい。



ついでに、最近ちょくちょく言及している、韓国本の購入方法について、触れておきたい。

特におすすめなのは、WritingとSpeaking。
これらの問題は一度しっかり解くと、たいてい頭に残る。特にWritingのIndependentは、先日のテストでそっくりそのまま出るくらいなので、遭遇した時には心からガッツポーズが出てくるくらい興奮する。

以前のEntryで購入方法についてお尋ねいただいた方がいたので、購入方法を整理したいと思う。

<購入方法>
至ってシンプル。韓国本専門のオンライン書店で購入するだけ。
ハングル+か、高麗書店にアクセス
2上記見ると一目瞭然、なぜか知らないが、ハングル+の方が安い傾向にあるので、基本はハングル+で購入
3L、S、Wは音声ファイルが韓国のIPアドレスでDLしなければならない。が、書籍購入者には無料DL代行サービスがついてくるため、オーダーと同時にDLを希望する旨申し添えておけば、数日内にリンクが送られてくる
4書籍は1~2週間ほどで到着

<おすすめ書籍>
・User TOEFL Final Testシリーズ
R、L、S、W全て揃っている。Lは最近リリースされたばかりで、少々内容は薄い。その他は、本試験をリアルに再現しており、リサイクル問題が出ると驚異の一致を見せるため、是非おすすめしたい。
USHER iBT TOEFL FINAL TEST READING

・Hackersシリーズ(基本的にはListeningがおすすめ。Lの場合は、別途有料(350円くらい)で音声ファイルの購入が必要だが、ハングル+で最近DLセットの商品を販売しているみたいなので、問題なく入手できるだろう)

Hackers TOEFL Actual Test Listening :2nd Edition + 有料MP3購入代行

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2014年2月7日金曜日

0(zero)

来週2月15日にTOEFL復帰後一発目のテストを受けるので、本来この時間はテスト勉強に専念しなければならないが、どうしても書き留めたいほどの閃光が走ったので、投稿したい。

突然、

「0(zero)」

が頭をよぎった。




社費試験を通ってから、会社の人事部関係者から事あるたびに

「どこに行きたいんだ?」

と聞かれ、自身が金融畑の出身であることを踏まえて

「Financeという意味ではWhartonですかねぇ、いや、InvestmentではChicagoもいいと思います。ただ、PEファンドが多いという観点からはBostonも外せず、その意味では・・・」

と、まず金融に強いスクールから名前を挙げつつ、腹の底ではどこか徒手空拳に近い感情が入交り、何かが違う、これは心から湧き出ている声ではない、とどこかで思っていた。

この数年間、どれだけ志望校のことを考えても、TOEFL・GMATのスコアが出なければ、土俵にも立てないことは身に沁みてわかっていたので、その煮え切らない感情を抑えながら、日々勉強に打ち込んでいた。

今日、仕事の関係で参加していた3日間の社外缶詰研修(新任人事部員向けの研修)が終わり、最後に講師から一言あった。

「これまで3日間、人事制度や人事周りの基礎について、講義をしてきました。運用の課題や最近のトレンドは敢えてあまり語らず、諸制度がどういった成り立ちで、どんな精神のもと構築されてきたのか、時代に流されないことを中心に話してきました。これから皆さんは人事の仕事に深くかかわっていくことになると思いますが、常に原点に立ち返り、なぜそういう仕組みになっているのか、なぜそうしなければならないのか、考えながら働いていただけたらと思います。」

この一言がきっかけで、なぜ最近志望校の話になると口ごもってしまうのか、本当に自分が行きたいところはどこなのか、ぼんやり考えながら家路へついた。

本当に行きたいところはどこか。。。

考えてみた。

だが、考える前から、答えが出ていることも、同時にわかっていた。


Stanford


自分の心に正直に従ってみると、ここ以外に思い浮かぶところはなかった。

それを、ドリームスクールだから受かる可能性低いし、落ちたときに恥ずかしくない様、「Stanford行けたらいいですねぇ、でもやはり自分の実務との関連性の観点からは・・・」なんて言いながら、ごまかしてきた。

でも、入れるとか入れないとか、勉強についていけそうだとかついていけなさそうだとか、考慮せず、純粋に自分の心が向かう先を素直に言葉にしてみると、Stanfordしか出てこなかったのだ。

なぜだろう。

帰りの電車の中で、肩ひじ張ることなく、自分の心から湧いてくる声を、ひたすら携帯に文字として打ち込んでいった。

すると、一つの答えらしきものに行きついた。

0(zero)

原点である。

Stanfordは、限りなくゼロに近いというか、ゼロの中にある場所であり、そこに身を投じたいがため、行きたい。それが理由なのだろうと思った。

どういう意味か、説明したい。

シリコンバレー、そこに隣接するStanfordには、アントレプレナーシップ溢れた人間達が集積し、その名の通り、日夜イノベーションを生み出している。

世間一般では、ここ一帯がベンチャー企業を量産するエリアだと捉えられているだろう。数多たるベンチャー企業が生まれているのは事実で、統計的な裏付けはないものの企業のライフサイクルも他のエリアに比較し圧倒的に短いはずだ。

そんな場所に行きたいと誰かに言えば、こんな返事があるはずだ。

「そうか、君はスタートアップや、新規ビジネスの創出に興味があるのか。」

だが自分には、"Partially yes"としか答えられないと思った。

なぜなら、シリコンバレー一体で起こっていることは、目新しい何かを生み出すことだけではないと考えるからだ。

そこでは、原点に立ち返り、全ての前提や思考の制約を取り払い、世には何が必要か、何があったらより面白い世界になっていくか、そのために何をすべきかを、核心に迫り、命綱なしでロジックを構築しなおす、だめならすぐ壊して、また構築し直す、そういったループが無限に起きているのではないか。

シリコンバレーの住人たちが真に追い求めているのは、表面的な目新しさではなく、0から1を構築することであり、その結果、

①既存の考え方や手法が最も前衛的であることが証明されることもあれば、
②既存の考え方や手法にスパイスが加わって姿が変わることもあれば、
③全く新しい概念が創出されることもあり、

それらのうちたまたま③がインパクトが大きく、センセーショナルであるから、そればかりのイメージが先行し、「シリコンバレーは新しい何かが生まれる場所」と表現されてしまうのだろう。

だが、③はあくまで0から1を生み出したいくつかの結果の一部にしか過ぎず、①②だって重要なアウトプットの一つなのである。

つらつらと書いているが、何が言いたいかというと、今の自分は、①②③のどの結果が生まれるのかなんてものは気にせずに、ひたすらゼロにこだわり、一切の思考の制約なく、ゼロを追求していきたい、そしてそこで鍛えたマインドを持って、卒業後のビジネス・諸活動に生かしていきたい、それを可能にしてくれるZONEがシリコンバレー一帯、即ちStanfordを求めているということなのである。

そんな考えが、筆者の頭を揺さぶったのだ。

これを説明するには、筆者の幼少期まで遡らなければならない。

10歳頃のことだ。

筆者が通っていた公立の小学校に、新しい担任の先生が就いた。彼は脱サラした当時30代前半の男性教師で、社会の厳しさを会社で学んだあとに、自分の天職は教師だと思ったのであろう、リスクを取って全く違う教育の世界に飛び込んできた。

小柄で、天然パーマ。人懐っこい性格で、熱血。人により好き嫌いは当然あったが、筆者はすぐにその担任を頼もしく思うようになった。

ある日、事件が起きた。

先生が何度注意をしても、給食の後片付け当番が自分の役割を全うしない(皿、スープが入ったバケツなどを片づけない)者がおり、ついに激怒した先生は、その状況が改善されるための案が提示されるまで、授業はしないと怒鳴って教室を出て、職員室に籠ってしまったのだ。

始めは、水を打ったかのような静けさが教室を包んだ。次第に、「さっきすごかったね」と恐る恐る話し出す者、「あんなに怒鳴っちゃってさ!」と茶化す者が出始め、クラスはざわついた。1時間もすれば帰ってくるだろうと生徒たちは思い、緊張感のない時間が広がり始めた。

しかし、2時間、3時間たっても帰ってこない。ついにホームルームの時間になってしまった。

さすがに何人か、まずいと感じ始める。自分もその一人だった。解決策はないが、まずは先生に謝りにいこう、緊張しながら、自分含む何人かで先生のもとへ。

謝った。

「で、どうするの?」

と一言。答えはない。

「じゃあ、明日も授業はやらない、帰ってくれ。俺はクビになってでも、この問題が解決されるまで、授業はしない。」

本当に授業をしてくれなかった。

翌日、小学生ながらにも、本気の議論が始まった。

まず、犯人捜し。誰のせいだ。あいつか、こいつか、出てこい。いや、お前だ。
こんな調子で、責任の擦り付け合いが始まる。

何も解決しない。

ようやく本質的な議論へ。

「何が悪かったのか。原因は何か。」

「○○が当番を忘れるから。」

いや、そんな議論ではない。それではさっきの責任のなすりつけあいと同じだ。

さんざん議論したところで、筆者は提案した。

「まず、今までは、皿なら皿、バケツならバケツと、仕事が個人に割り当てられていて、誰かが忘れたら、そのモノは忘れられて終わりだった。人の動きを見る、つまり当番の人がきちんと片づけるように給食を食べ始める前に本人に知らせ、食べ終わる頃に持ち場に立たせ、きちんと片づけたことを確認する人を置けばいいのではないか。」

つまり、タスクの処理責任が個人に任されていたところを、管理責任者を置くことで、人の動きをマネジメントする仕組みを発案したのだ。

考えれば誰でも思いつくし、経営学の視点からすればごく原始的なマネジメント手法として説明されるこの仕組みではあるが、一切の知識がない当時の子供たちにとってはとんでもないBreakthroughであった。すぐに先生にこれを説明しにいった。

先生は静かに

「よし、わかった。今日からこれでいこう、授業再開だ。」

と言い、帰ってきてくれた。

その後、運用はうまくいった。

小学校を卒業してから久々に母校に帰り先生と思い出話に花を咲かせていたときに

「そういえば(筆者)君があの時発明してくれた後片付けのシステムは、今も引き継がれているよ」

という話をもらった。

他愛もない話だが、子ども心ながらにこの時、問題の根源(ゼロ)を特定し、それを解決するためのアイデアを、頭を振り絞って考え出すことが、結果的に生み出されたアイデアが世間一般でいう既存/新規どちらであったとしても、重要なことなのだと心得たのだと思う。

それからの短い人生を振り返っても、自身のターニングポイントとなった強烈な経験があるたびに、「本質とは何か、最終目的とは何か、真の原因は何か」にふと原点に立ち返ったり、それを考え抜くことが多かったように思う。

インドでバックパッカーの旅をしていたある日、リキシャー(サイクル人力車)に乗った若い兄貴が、「ジャパニーズ、そこどきな!」と勝ち気な笑みを浮かべながら筆者と目が合ったとき、受けた衝撃。自分の仕事に全身全霊をつくしているのだろう、覇気に満ちていて、経済的な尺度では表せない、プロフェッショナリズムを感じたあの日。今でも、真に自分の求める仕事をするには、あの目をしていることが必要だと、自分の基準になっている。

金融畑で仕事をしていた頃、所属していた部の合宿で、当時の部の事業戦略を考えるというお題が何の制約もなく与えられた。自分のチームでは、筆者は先輩のメンツを気にすることなく、そもそも自分たちのビジネスのドメインは、今のとらえ方でよいのか、わが社の間尺で考えるなら、こういう定義で、ここまで目指し、その時間軸は、よくある2~3年の軸なんかじゃなく、10年単位で考えるべきだ、と、こんな議論を展開し、出来たのが、数兆円にも上る規模のビジネスの青写真。誰もが「合宿らしい壮大なプランが出来たな」と皮肉ったが、その後、これを面白いと思った部長が事業部の役員まで持って行ったところ、目に留まり、なんと略そのまま社長まで上がり、事業部の中期経営計画の骨子として社外に公表されるに至った(勿論筆者だけの力だけではないが、構想レベルでは間違いなく筆者の実績)。

個人の活動においては、自分が受けてきた教育に問題意識を持った。学校で勉強や部活に没頭した先に、どんな未来が待っているのか、親も、先生も、テレビも教えてくれない。核家族化が進み子どもと社会の接点が薄れた中で、生き様や職業観を感じられずに、教科の中での教育に囚われた学生たちは、テクニックの修得に走り、或いは勉強自体を放棄し、本質的な学ぶ意味を理解しないまま、就職活動というエスカレーターによって社会に放り出される。これではまずい。もっと早く、多様な生き方があることを知り、将来どんな選択肢があるのか、又は創り出せそうか、考え、学ぶ動機を内発し、自分の手で自分の未来を作り出せる子どもたちを増やしたい。そんな想いと、仲間と、ネットをごく自然に使うアイデアが組み合わさり、自分の価値観をWeb上でインプットすると、自分の趣味や価値観が近い大人が検索されるWebサービスをつくろうという着想を得て、仕込を続けた結果、更なる仲間、資金などに恵まれ、NPO法人を立ち上げ、サービスをローンチするにまで至った。

どれも共通して、既存の枠組みに疑問を覚え、ゼロという釘をそこに打ち込んだ結果、それに一石を投じるような変化が起きたことをは確かで、それは、全く新しかったかと言えばそうかもしれないし、既存の流れにドライブがかかったと言えばそうなのかもしれない。

一方で、会社は長い歴史の中で仕組みがある程度出来上がっているため、どうしても既存のフレームや前例を踏襲したワークスタイルが定着している環境下、一人だけ振り切った考え方で仕事をするのは憚られる。教育のフィールドについても、産業自体の硬直性が高く、入り込めば入り込むほど、思考の幅が小さくなっていくように思えてくる。

0を大事にしている自分を解き放ちきれず、知らず知らずのうちに閉塞感に包まれているのが現状なのだと思う。

0のZONE(Stanford)でやりたいこと、それは、思いきりゼロの世界にのめり込んで、「ありとあらゆる0から1が生み出される(た)瞬間に触れること」だ。

勿論、経営学としての知識やフレームワークは学業として勉強する。金融出身の者がいれば、どんなアセットが今面白いのか、どういうファンド運営が投資家に響くのかといった、ビジネス動向は聞き取る。

だが、0のZONEに身を投じるからには、0から1を生み出そうと、必死に0をさまよっている人、0から1を生み出した人(結果が既存のものだったか、全く新しいものだったか問わない)と同じ空気を吸い、彼らの生の興奮に触れ、言葉を超越した想いに魂を震わせることに重きを置き、一切の思考の制約なく受け止めてきたい。

それを通して、卒業後にやれることが3つあるのではないかと思う。

①金融畑での仕事を通して、日本の眠れる金融資産を経済に開放すること
②NPO法人の活動を通して、子どもたちの将来設計の可能性をMaximizeすること
③働きながら社会を変えるワークスタイルを普及すること

<①について>
あまり具体的に書いてしまうと身元がバレれしまいそうなので、敢えてぼかして書くが、現在自分がいる金融畑では、日本の眠れる金融資産がより生きた形で経済に流れ、資金を受けるべき者に届き、その受け手がその金、即ちSource(バランスシートの右側)を適切なResource(バランスシートの左側)に変え、事業を行い、価値に裏付けられた超過利潤を投資家に分配する一連の流れをコーディネートするビジネスを行っている。

商社が取り組む意義としては、これまで金融資産として馴染まなかった、実物性の高い資産にも投資対象を広げていくことから、これからこのビジネスを拡大していくにあたり、「本当にそんなものに投資できるのか?」という疑念に耐えながら、0から1を生み出すようなビジネスを仕掛けていくことになる。

また、眠れる金融資産を預かる日本の金庫の扉は堅く、その金融資産を世に開放するには、金庫番たちの考え方の根本を変えてもらいがら物事を進めていかなければならない。これも同じく、0から1を生み出すと同じに等しい努力が必要となるであろう。

その観点からすれば、まさに卒業後にも0の経験が役立つと考えられる。

<②について>
活動を始めて間もなく3年ほど経つが、日本の教育システムそのものが硬直化していて、誰も動かすに動かせない状況になっているのではないかと肌で感じている。革命的な力で揺さぶるべきなのか、「ゼロの釘」をどこかに打ち込んで、部分的に変化を起こしていくべきなのか、今はまだわからない。

しかし、少なくとも、今持っているサービスのタネ(まだ始まったばかりのサービスなので、「タネ」と表現した)を膨らませることで教育産業に一石を投じることは可能であり、その観点からは、IT・Techの総本山であるシリコンバレーに身を投じることは十分Make senseする。在学中にエンジニアと意見交換をしたり、いっそのこと支部を設立し、エンジニアを巻き込み、開発を進めてしまい、帰国後は東京・米国の2拠点体制で事業にドライブをかけていくことだってできる。その点、ポテンシャルは相当高い。

<③について>
今は仕事とNPOの二足の草鞋を履く状態となっており、これが本当によい形なのかは結論が出ていないが、一方で全く異なる2つのフィールドで、それぞれの問題意識に基づき、動き、社会を変えていくことは大変面白いことであると思う。

特に教育の世界に足を踏み入れて分かったことは、教育産業は、とにかく、金がない。儲からない、即ちここに身を投じると、生活が成り立たない(少々大げさだが、確実に言えることは、生活的にもだいぶ厳しくなるということだ)。そのため、パッションだけで教育業界に身を投じることもできるのかもしれないが、結局はもうからずにやろうとすることが小さく収まってしまったり、金を稼ぐために本来の目的を見失った事業に走ってしまうリスクもあり、理念を貫くためには、仕事を続けて生活を担保しながら、NPOの活動をすることでバランスが取れるという考え方も成立する様な気もしている。

ただ、ここは、マネタイズが成立するまでのブリッジ期間であるとも考えられ、マネタイズが出来たときには、金融か教育か、真に自分を投じるフィールドはどちらか、決断する時が来るのかもしれない。もしくは、「選択と集中」というビジネスの格言に敢えて反旗を翻し、仕事では金融を、NPOでは教育を変えるという、2つのゴールを同時に追求するという道を切り開くのも、面白きことなのかもしれない。

こういった点まで含めて、0のZONEで心行くまで考え抜いてきたいと思う。


MBAでやるべきことは、時間と共に薄れていく上滑った知識・フレームワークを得るためでもなく、業界が変われば途切れてしまう見せかけの人脈でもなく、目先の転職に結び付きそうなインターンシップでもなく、次の10年20年を見据え、Leapできるために、感覚を解き放ち、思考の制約を取り払い、ありとあらゆるものを吸収し、出せるものは全部出し切る、そんなことなのだと思う。

その観点からすると、どんなことだって寛大に受け止めてくれる、西海岸に次の成長の地を求めた方がよいのではないか、そんなことを思った次第である。

まだまだ荒削りだが、今日書かずにはいられない内容であったので、こうして記しておくことにする。



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2013年12月13日金曜日

転機

転機は突然訪れた。

2015年夏(Class of 2017)で、社費派遣、決定。

昨日の夕方、現在所属する人事部ではなく、出身母体の金融事業部門の上席から内線がかかってきた。

「はい、[筆者名]です」

「おめでとう」

「はい?何の件でしょうか?」

「だから、おめでとう」

「えっと、、、何かありましたっけ、、、あ。もしやあの件ですか?」

「その件だよ。これからが一番大変だから、頑張って。留学までには・・・(以下略)」



以前のEntryにも書いた通り、今年の夏あたりからキャリアゴールや受験タイミングなど、複数要素でブレが生じ、迷走状態に陥っていた。

その後もGMATの勉強はぼちぼちつづけながら、社費選考も今回が最後(落ちたら今年か来年に出願し、それをもって退職)と思って取り掛かっていた。

そのため、勉強の優先順位、アロケーションとしては、

①本質的な英語力の向上
→すなわち、英語でのコミュニケーションの絶対量の増幅。平日週2回早朝にLOI Englishでネイティブと1時間英会話。毎週土曜日はBritish Councilで3時間の英語レッスン(英会話中心だが、宿題も含めると、読み、書き、聞き、話しがそこそこバランスよく学べる)。通勤時には最近ご無沙汰してきた通勤時のWall Street Journalのリスニング復活など、コミュニケーションにフォーカスを当てた勉強をしてきた。

②社費試験への対策
→今まで社費試験にあたっては、そんなに思いきり時間をかけもしないし、想定もしようがなかったので対策はしてこなかった。それが筆記試験や面接試験当日に仇となり、パフォーマンスを出せず、過去2回落ちたのだと思われた。過去2回の失敗を踏まえ、アプリケーション、筆記試験、面接試験、上席各位との個別面談(根回しに近い)、その他アセスメントテストの全てに個別対策の時間を設け、Affiance土佐先生にも適宜アドバイスを仰ぎながら、今回は事前に打てる手は全て打った上で臨んだ。この点、孫子の兵法の一節にある「彼(てき)を知り、己を知れば、百戦危うからず」に素直に従った形だ。

③GMAT
→何となく後回しにしてきた結果、いつも正答率が驚くほど低く、知らず知らずのうちに苦手意識が芽生え、課題となっていたRCを中心に、地味に勉強を続けてきた。

という感じで取り組んできた。

10月頃からはきれいに上記の優先順位で取り組んできたので、わかっていたことだがGMATに専念できない状態になり、RCに集中した結果、SC、CR、Mathはほったらかしてしまい、総力としては下がってしまい、結局年内は一度も受験しないという結果になった。

「まとまった時間を投じないとGMATはいつまでもクリアできない」

改めてGMATの壁の高さを再確認した。

その一方で、これまで辛酸を舐めてきた社費試験には、10月頃から今までならぬ気迫で取り組んだ。振り返ってみると、アプリケーション、筆記テスト、その他アセスメントテストが小出しに出てきたこともあり、朝通常GMATの勉強に充てる時間をこれらの対策に投じた。思いの外時間がかかり、GMATに時間を割けないもどかしさとの葛藤もあった。

一向に上がらないGMATのスコア(Prepで測定)を見るに、今年の出願(2014夏からの留学)の道は徐々に閉ざされつつあった。そこまでして社費を優先したにも関わらず、落ちたらどうなるか。社費の合否が出るのが年内と聞いていたので、それからGMATを巻き返しても出願は3rd Roundとなり、不利な戦いになる。そこで無理して戦うか、来年まで見送るか。来年まで見送ったとしたら、私費となると、帰国後の年齢が33歳になることもあり、転職活動に苦労が生じるのではないかという不安がよぎった。いや、それなら今あるNPOをもっと安定して稼げる形にして、帰国後すぐそちらに全て身を寄せるべきか。。。

そんなことが頭を駆け巡り、悶々とし、時にはモチベーションが低迷したこともあったが、歯を食いしばって出来ることをひたすら打ち込んでいった。

その結果、筆記試験、面接試験いずれも略想定内(むしろほぼドンピシャ)の問題・質問が出され、想定シナリオ通りの対応をしていった。

試験の詳細については守秘性の観点から記載は控えるが、一つだけ印象的であったやりとりを記録しておきたい。

面接時、こんなことを聞かれた。

「よく3年も社費選考受け続けられますね。やりたいことが沢山あるだろうに、きっとこれまで準備に多大な時間やお金を投じたでしょう。そこまでして留学したいと思うモチベーションの源泉はどこにあるのですか?」

「会社への事業の拡大に貢献する(本音では会社の事業に限定したくないが、面接では会社の説得の観点から、こういう文脈で語った)という『確信』があるから、ここまでやれるのだと思います。実際に学校へ足を運びました。日本人が中心ですが、これまで200人くらいはMBAホルダー・キャンディデートと会って話をしたと思います。その中で、MBA留学をすることで、国籍・産業を超えたネットワーク、断片化していた経験の体系化、世界から集まった屈強なキャンディデートと本気でぶつかり合いを通したリーダーシップ・コミュニケーション力の獲得が期待できることがわかりました。そしてそれらを得ることで、帰国後の事業へのコミットを通して必ず、留学をしていない前提で自分が出せるパフォーマンスを超えると確信しています。その確信が既に分かっているからこそ、留学が実現するまで、こうして性懲りもなく門を叩きに来ています。」

もはや面接で緊張もしなければ、変に飾り付けたりへりくだったりもしなかった。これでダメなら辞めて私費で行きますという覚悟が今まで以上に定まっていたからだろう、むしろ開き直りの心境にも近かったと思う。


そして昨日の内線。

一人で消化するのも良いと思ったが、まず頭に浮かんだ両親に、この事実を報告しようと思い、残業で遅いはずだった父を引っ張り出し、母も呼び出し、実家付近の居酒屋に行った。

たまに実家に寄ったと思えば、「今度こそ」と言うばかりで結果が出ない息子。

そんな姿を何も言わず見守ってくれた寡黙な父。
「あんたなら大丈夫よ!」と、何の根拠もなく只々背中を押してくれた陽気な母。

昨日、留学実現に一歩近づいた事実を伝えた。

「そうか。受験に合格するまでは気を抜けない。」と2時間くらいの飲食中、本当に一言だけの父。
「あらよかったわね!ちょうどそろそろこんな知らせが来るんじゃないかと思って英語の勉強を始めようと思ったの!留学中に遊びに行った時に話せなきゃね!お父さんは話せるからいいかもしれないけど。それと・・・(以下略。長い。)」と相変わらずマシンガントークをかます陽気な母。

いつもと何も変わらない会話のテンポ。その日常に少しの変化を感じた一夜だった。


今、感じていること、それは、喜びというより、むしろ恐怖にすら近いプレッシャー。

なんだかんだで、留学時期が後ろ倒しにできたため、タイムリミットがあるようでなかった。
GMATの受験回数は年間5回だが、待てば実質何度でも受けられた。TOEFLは結果が出るまで受け続ければよかった。

もうこの甘えは、許されない。

明確なデッドラインができた。GMATも、来年のこの時期に出願することを考慮すると、きっかり残り5回しか受験できない。その間に、TOEFL103点の有効期限も切れるため、再度ハイスコアを出さなければならない。

これまでその壁の高さを嫌というほど見て来たので、社費が決まった現時点においては、戦々恐々としか表現のしようがない。

来週には土佐先生と電話会議をすることになった。今後の受験戦略を再構築するにあたり、そのアドバイスをいただく。

今までの生活スタイルにおける時間配分は、総見直しが必須。

世の常で、いつもながらに大変な仕事。
急成長ながらも組織の拡大により課題山積のNPO法人。
もう後がないMBA留学。

ここ2年ほど、仕事、NPOと並行してMBAに取り組み、そのバランスの難しさを痛感してきたが、向う一年は、さらにそれに拍車がかかることになる。

ただ生活全般を見渡してみると、何だかんだ生活の隙間時間を有効活用できていなかったり、流されるままに上司・同僚・友人と飲み歩いたり(時にそれも大事ではあるが)、NPOで人に預けられるタスクを抱えてしまっていたり、最適化されていない部分もそれなりにあることは認識している。

こういう時間を向う一年は大胆に整理し、結果を出すための時間に変換しなければならないだろう。

また、キャリアゴールも腹落ちするレベルまで再定義する必要がある。軌道に乗るNPOはどうするのか、今の会社で真に成し遂げたいことは何か、深く、深く、自分に潜り込んで、ドロッとしてきた部分も洗い出して、しっかり練り上げていかなければならない。

さぁ、これからが大変だ。無理なギアチェンジでエンストしないよう気を付けながら、緊張感を持って結果を追求したい。


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2012年5月31日木曜日

突破口

1ヶ月間彷徨って、ようやく見つけたと思う。


今後の出願戦略。


もう一カ月も前のEntryになってしまうが、突然決まった人事異動により、任期を全うする前提だと来年(13年夏)からの留学が難しくなるという見通しが立ったことを綴った。

それ以降は、

①この重責かつ総合商社の経営の中枢に携われるポジションを途中リタイア(任期は13年9月末まで)して来年夏(13年7~8月)に飛び出してしまうか、
②任期を全うしてからの留学(即ち14年夏)にターゲットを変えるか

という葛藤、さらに②については

A:Defferを前提に今年(12年秋~13年春)のRoundで出願するか
B:来年(13年秋~14年春)のRoundで出願するか

という選択肢のどれをとるかという2重の葛藤に、どうしたものかと頭を抱えていた。

1ヶ月ほどぼんやり考えながら隙間の時間でGMATを勉強していたが、どうしても勉強に身が入らず、だらだらと時間を過ごしてしまっていた。先日のGood Luck Party2012に参加した時も、他のアプリカントと話しながら、自分の方針がぐらぐらしていることにも気付いた。

どうにか道を決めないといけないと思いつつ、一人で抱えていたが、不意に今日、同じ部署で某米国東海岸のTop Schoolを卒業した先輩(前から正直ベースで会社の進退も含めて打ち明けていた)に相談する機会があり、率直にぶつけてみた。



まずは上記のシナリオ①か②のどちらを選ぶか。

会社的には言わずもがな①はまず許されない。そもそも任期が短く、若手はほんの数人しかいない中で、組織的には抜けられては困るし、筆者としても相当引け目を感じる。会社とネゴって「BSに行きたいんです!任期を繰り上げ終了させてください!」なんていうわがままも通じる可能性はまずない。つまり、会社を辞めでもしない限り、①の選択肢は実行できない。

とはいえ、裏を返せば、辞めると決めてしまえば、あまり会社の都合など考えなくてもいいというのもまた事実。

では、MBAを絶対優先して辞めてしまえばいいではないかと思った。が、そこはやや侍魂が許さないというか、やはりこれだけ重責を任ぜられて、ミッションを背負うとわかって引き受けた(まぁ拒否権は実際なかったが、引き受けるとは言った)ので、途中で投げ出すことは自分のディシプリンとしても許しがたい部分があり、最後までその職務は全うしたいと思った。「立つ鳥跡を濁さず」といったところだ。

当然留学が2年半先になることで、年齢的には30歳になるタイミングだし、合格率は多少なりとも下がるし、私費の場合転職リスクが上がるし、モチベーション管理は大変だし、デメリットが目がつく。

だが両者を天秤につるしてみてもなお、潔くやりきることに意義と仁義を感じた。ということで①は消すべきだと思った。こんな話を先輩にしたところ、それは立派なことだと推してくれた。


②のなかのAとBのケースどちらを考えるべきか。ここは先輩もふむふむと聞いていた。というのは、以下の観点から、AとBで戦い方がまるで変わるからだ。

・私費or社費
・Essayの内容の濃さ
・Recommendationの頼み方
・Re-applyの影響

ケース毎に書くと以下のようになる。

<Aのケース>

出願時期は12年10月~13年1月頃。一方社内選考は毎年12月から始まり、2月に結果が出るため、出願時点ではApplication formにSponsoredと書けないため、出願上自動的に私費前提となる。

また、何より悩ましいのは、仮にSchoolから合格通知をもらい、Defferを認めてもらったうえで、社費選考に落ちた場合だ。

Recommendationを書いてもらう上司にはきっと、「お願いですから、書いてください!もちろん、社費で受けるからには、辞める気なんてありません!でも、受験のチャンスを増やしたいので、便宜上私費の前提でサポートしてください!ほんとです、やめませんから!」などと、会社に誠意を尽くすような説明をするだろう。当然上司としては、「もし仮にSchoolだけ通って社費に落ちた場合、そこまで会社のため云々というなら、Schoolを諦める覚悟はあるよな?」と念を押したくなるだろう。そして自分も、その念押しにYESというだろう。

でも、実際にそのケースになった場合、MBAへの切符を手にしたのに、諦めることができるだろうか。正直、答えはNOだ。会社を辞めるという覚悟をしてでも、やはり初志を貫徹するという選択肢を選ぶと思う。その場合、上司を裏切る形になるが、それは腹積もりしておくしかない。

Essayの濃さという観点では、現在いる金融の部署では10カ月の経験でやや中途半端感があるし、出願時点では8月から異動する新部署での経験が3~6カ月程度と、いいEssayが書けるような仕事上の結果を出せているか不明だ。その中での出願。懸念は払しょくしきれない。

ただここは先輩のアドバイスだと、あまり心配する必要はないとのことだった。それは、あくまでEssayは骨太なビジョンやPost MBAのキャリアを語るべきで、直近の細かな業務上の成果が評価される場面はそんなにないとの理由にもとづくものだった。

むしろその先輩に言わせれば、Re-applyも多少はネガティブに働くSchoolはあろうが、シンプルに考えれば、受験回数が多ければ多いほど合格率は上がるし、損はあまりないとのことだった。

そう考えると、Aを選ばない理由はさほどないと思えた。


<Bのケース>

Aのケースの裏返しなのであまり書く必要がないくらいだが、敢えて書いておこう。

出願時点(13年10月~14年1月)では社費があるかないかは結論が出ているし、Essayの内容的にも新部署の任期を完遂してから書くことになるので充実した内容になるだろう。

Recommendationについては、社費が通っていれば会社に残る前提で上司から気兼ねなく書いてもらえるし、社費に落ちてしまったら、覚悟を決めて、会社を辞める前提で上司に書いてもらえばいい。裏切りみたいな後味の悪さも残らない。

きれいな状態での出願になるように見える。

ただ、Criticalなポイントしては、出願時点で29歳かつWork experience満6年というのは、Candidateの年齢的なMid rangeからすれば外れているし、合格率もぐっと下がる年齢でもあるということを忘れてはならない。

更に、ここで気合いを入れたにも関わらずTop School全てに落ちてしまった場合、翌年(15年夏からの留学)には更に厳しい戦いが待っている。このリスクに耐えられるか。


<AB両方を踏まえて>

その先輩との会話の結果、Aで行ってみようとの結論に至った。判断材料としては、

①直近の仕事では多少の未完成感が残ったとしてもデカいビジョンさえ語れれば大丈夫であろう
②1歳でも若いうちに受験し(Schoolには出願時点でDefferするなど言うつもりは全くない)、早めに留学への切符を手にするべき
③ケースB一発に賭けて出願に失敗したら、後がつらい。一発勝負の前に、ケースAのように保険としてでもいいので受験して受かったらラッキーという感覚でやればよい

という点があったからだ。

ずっともやもやしていたが、その先輩との会話で、突破口が見えた気がした。


会話の最後は百も承知のシンプルなことだが、

「受かるスコアを揃えておくのがまずベース」

つまり、GMATをさっさと終わらせるべき。これに尽きた。

迷いがあったせいか、どうもGMATの勉強に身が入らずにいた。

GMATかぁ、本当に大変で、手ごわい奴だ。特にMath。毎日コツコツ勉強しているつもりだが、なかなかスピーディに解けん。SCは自信を持って答えたつもりがどこで見誤ったか、間違ってしまうこと多数。CRはAffinity野口先生に伝授してもらったStrategy(勉強に身が入らなかったとは言え、ゴールデンウィークはGMAT勉強漬けだった)を使ったところ前よりは正答率が上がった気がするが、スピードが出ん。とにかく、やっかいなやつだ、GMATというものは。

またもやしみったれ発言の連続で情けないが、本音をさらすとこんなところ。しかし、そんなんではだめだ。今年出願するなら、なおさらGMATは早々にやっつけてしまわねばならない。

明日もちゃんと朝起きて、Mathの問題を解いてから会社へ行こう。電車の中ではSCの一発切り表現を覚えよう。早く仕事を上がれた日には、寄り道せずに帰宅してCRで頭を使おう。週末は遊びにいきたい気持をこらえて「GMAT・GMAT・GMAT」とぶつぶつ言いながら、机に座ろう。それでいいんだ。一歩ずつだ。近道などない。そして時にはこのブログで愚痴ることもあろうが、愚痴ってすっきりしたら、弱い自分に負けないで、あとはやればいい。

と、気休めかもしれないがこう自分に言い聞かせて、明日からまた気を引き締めてテンション上げて勉強に励むことにしよう。

最後に、いつかのEntryで見たことのある写真のアップグレード版を共有したいと思う。(左下、ちょっと追加事項 笑)

頑張れ、俺!!



PS.ぜひ読者の皆さんも、くじけそうなときにはデスクの前にこんな張り紙をはることをおすすめします(笑)

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2012年4月22日日曜日

晴天の霹靂と苦悩

人生とは、悪戯なものである。


一昨日、突然の人事内定があった。職務事情なので詳細は書けないが、要は、会社経営の中枢に関連する部署への異動が決まったのだ。

任期は2012年8月~2013年9月末(1年2カ月)

この間、職務の重さ、与える影響力の大きさから、相当高いコミットメントが必然的に生まれてくるし、その職務内容を聞く限り、とても手を抜ける立場にない、というほどの部署なのである。

それが一昨日、突然決まったのだ。

ただ、それはほんとうに晴天の霹靂だったかと言えば、そうではない。そのポジションに近い仕事にこれまで多少携わっていたし、前任者からの打診に対しても、MBA留学を最優先にはしたいがきっぱりお断りする、というところまではしていなかった。

その意味では、きちんとその部署へのPathに蓋をする対処に抜かりがあり、自分にも非があったのだろう。

起こることは何か。一昨日の衝撃でうまく整理しきれていなかったが、以下にまとめてみたい。

◆全体表



◆出願スケジュール

2013年のクラス(Class of 2015)が厳密に始まる時期は2013年7月初頭のSummer Schoolからだろう。早い人は6月下旬に渡航して、7月より開始するSessionに参加する。ということは、新しい職務の任期を全うする前提においては、13年9月までは任期なので、そもそも13年スタートが難しいということになる。

Summer SchoolはInternational Student向けに設けられるクラスで、米国の教育スタイルに慣れたり、基礎的な英語でのDiscussionができるようになる予備授業で、全員が受けるわけではない。ただし、自分の様な純ドメの人間にとっては、Schoolへの参加は必須だろうし、突然9月末(任期を前倒し終了することも考えられる)からクラス参加、というのは無理がある。

任期を完全に全うしてからの出願、ということなら、この時点で自動的にClass of 2016へずれ込むことになってしまう。

Class of 2016の出願を想定したときに、数値的には以下になる。

留学時点の年齢:30歳(になる年)
留学時点のWork Experience:満7年
卒業時点の年齢:32歳(になる年)

この数値、どうだろう・・・

ぱっと見、若年化が進んでいるHBSやStanfordなどDream Schoolは少なくとも、相当厳しい戦いになることが想定される。(Stanfordでは年齢にこだわりないとは言っているが、平均が4年ということで、ボリュームゾーンからは外れることは間違いない)

そして、当初から自分のなかにあった、「30代のビジネスライフをロケットスタートするための、20代の締めくくりとして、MBAを」という観点からも大幅に崩れることになる。この点、残念である。



◆「Essayに書けるような職務経験」と「Recommendation」

昨年10月に今の部署に移ってきて、我武者羅に働いた甲斐もあり、部署内では一定の評価をいただき、上司とのチームワークもSolidなものになったのだろう、質のいい仕事がバンバン入ってくるようになった。

とは言っても、新しい部署への異動までの期間を数えるとわずか10カ月しかなく、当然ラーニング期間も含まれていたわけで、自分としても、「これは自分が中心的になって成し遂げた実績だ!」と断言できるような仕事とは言い切れない状況にある。(もちろん、金額的にはけっこうな額の金融ビジネスに携わったので、こねようと思ったらいくらでもこねられるではあるが)

これは当然上司も同じで、Recommendationの書きぶりには難しいところがあるだろう。更に言えば、アドミ側としても「10か月でできる仕事がどのほどのものか」という視点である程度は割り引いて見てしまうだろう。

では、新部署での経験を書けばいいのでは、という話が出てくる。上の表を見てもお分かりの通り、任期満了直後に出願期間を迎えることになる。直前の1年2カ月をネタにしてEssayをかけばいいのではないかという話ができる。

たしかにこれは一理ある。総合商社という巨大な組織を相手に、経営の中枢に近いポジションで働けるため、通常の若手社員からするとかなりJump upした経験ができる。これは伝え方次第では相当なバリューがあるはずだ。また、先日のEntryでも書いた、「事業経営を軸足におきつつ、金融の力を使って、世界に価値を創造すること」というグラウンドビジョンからしても、この総合商社というとてつもない経営体の事業をとらえられるようになることは、大変意義のあることだとも思う。

時間的に専門性(金融)を追求することが難しくなる向こう1~2年は、単純だが

・全部の部署で死ぬほど働いて密度を上げることで専門性を一定レベルまで担保する
・部署を転々とすることをTake chanceして幅広い視野を身につける

の2点につきるのだろう。どの組織でも「ぶち抜く成果」を出せば、極論、誰でもRecommendationは書いてくれるはずだ。

ただ、繰り返しになるが、それぞれの部署での経験をストーリーとして仕立てないと、単なる社内Job Hopperに成り下がってしまうため、各経験をうまく腹に落としておかなければならない。


◆スコアメイキング

TOEFLの有効期限は気になるポイント。先日めでたく103点を獲得したが、これが2012年3月25日だったので、有効期限は2014年3月25日。単純に考えれば、1stか2ndで出願すれば、有効期限内なので何も気にすることはないように思える。一方、なぜ2年弱も前に取って出願が遅れたのか、など指摘するSchoolがなくはないような気がして、どう見えるかがやや気がかり。

先にも仕事を死ぬほどこなさないと真の成長につながらないと書いたとおりで、さらに新部署ではそもそもの職務の重さもあり、常時気を抜けず、相当ハードな毎日が続くことが想定される。任期中にGMATを悠長に勉強する時間がそもそもあるか、大きな懸念だ。

では、異動までの残された3カ月程度で高得点を取ってしまうのはどうだろう?これはあり得る対策だ。GWは勉強をみっちりやる予定だし、7月後半にとりあえず受験日設定はしてある。これをターゲットに、GMATに集中すれば達成できる可能性は十分ある。ただこれも一方で、7月までをターゲットに現在の部署で新規事業の立ち上げを画策しており、5~7月のどこかで1カ月ほど海外に缶詰で死ぬほど働く可能性があり、GMATどころではないかもしれない。(とはいえ、英語圏なので、逆に相乗効果で成果が上がるかもしれない)

何事もできるうちにこなすという意味では、7月までに最低1回はGMATを受験し、高得点を目指すというのが、まっとうな選択肢だろう。


◆Essay

これは大変悩ましい。去年アゴスの特別奨学生に選ばれながらも、約束の12年夏からの留学を実現できなかったことから、一旦受講期間は終了したのだが、実は、スコアが出ていなかったので事実上ほとんどエッセイカウンセラーとの会話がなく、支払った金額をドブに捨てた状態になっていたため、ネゴの結果1年受講期間を伸ばすことにしてもらっている。ただこれも相当頭を下げたし、AGOSもやむなく飲んでくれた話なので、そこに来てもう一年伸びるという事情は、お互いに困った話である。

ただ、こうなった以上、AGOSには腹を割って事情を説明するしかなく、相手に迷惑をかけないためにも、潔く受講延長を取り消してもらうことを申し出るべきかとは思う。

それか、いっそのことDefferを前提として今年出願して合格をとってしまうという策もありえる。


◆社費と私費

Essay以上に、スポンサーの考え方には、相当悩ましい事情がある。昨年いろいろ考えた末社内選考を受験したが、この際に上司とは、「12年中は現場で腕を磨き、12年冬の社内選考に再チャレンジし、13年秋冬に出願し、14年夏から留学することを目指そう」という話で着地していた。その意味では、今の状況を順当に考えれば、悩むことはないように見える。

だが、AGOSとは12年秋冬の出願(順当にいけば13年夏からの留学)という話で折り合いがついていた。そのズレはというと・・・

作戦1:筆者が落選した13年夏からの社費留学に無理やりねじこむ。つまり、社費が決まったにも関わらず肝心のSchoolに受からない、もっとひどい例ではスコアがそもそも出ない、という人が例年少なからずいるようで、その人らが諦めるタイミング(13年1~3月ころ)に、筆者が「実は受かってました、留学させてください」と躍り出る、という作戦。実際これは過去事例があるようで、あわよくば、という考えである。

作戦2:Defferを前提に出願。つまり、出願は12年秋冬に終わらせてしまい、Schoolとネゴの上、留学時期を13年夏から14年夏にずらすという作戦。これはむしろよくある話で、仕事の都合で1年遅らせるというのはどのSchoolで受け入れ体制が整っているとのこと。ただし、Schoolによっては一切の事情を問わずDefferを認めないらしく、綿密な調査が必要だ。そして、先にSchoolの合格を決めてしまってから、社費選考を事後的に受け、社費をつけてもらう。

ということで、社費とAGOSの受講期間がそもそもずれていることにより、上記の作戦を考えていたのだが、そもそも新部署の任期の都合で作戦1が自動的に消え、作戦2しか残っていない。

もしくは、AGOSを一旦辞退して、上司と握っていた社費再チャレンジ路線に絞るか、という選択肢になる。(AGOS受講期間の再々延長(13年秋冬の出願)を申し出るという裏ワザは考えられなくもないが、さすがにやりすぎ感がある。)

整理すると、出願戦略は以下の2択に絞られることになる。

①作戦2(Defferを前提に12年秋冬に出願)
②13年秋冬に出願

①の場合は、②の出願スケジュールを念頭に置いている上司を説得しなければならない。上司としては、「若者よ、あせるな。順当に②のスケジュールでいいじゃないか」という反論をしてくる可能性が多分にありえる。

また次なる質問として、「じゃあ、仮に①でDeffer含めてSchoolに合格し、社費がつかなかったらどうする?Schoolを諦めるか、会社をやめるか、どっちだ?まさか、会社をやめるとか言わないよな?」というものが想定される。Recommendationを控えている身分として当然口先では、「もちろん、Schoolを諦めます!」と言うだろうが、いざ実際にSchoolに合格して社費がつかなかったら、正直に書くと、Schoolに最短で行ける手段を選びたいと思っているので、会社を辞めざるをえないと思っている。その場合、上司から「Schoolを諦めると言ってたじゃないか!この裏切り者め!」と非常に後味の悪い縁切れとなることが目に浮かんでくる。

①は確実かつ早期に決着をつけられる分、自ら背水の陣に追い込む危険な選択肢でもある。

②は、次のポイントで詳しく書くが、モチベーションと英語力の維持が大変というのが最大の難点で、次いでAGOSのサポートをせっかく再延長していただいたのに、それが無効になってしまう可能性が極めて高い、という点だろうか。

一方、社費や上司との人間関係上都合よく、Defferが不可なSchoolも受験できるという点では、メリットはあるだろう。また、新部署の経験もちょうど満了する頃にEssayを書くことになるので、そこでの経験も厚く書けるはずだ。


◆モチベーションと英語力の維持

14年夏、となると、2年以上先まで留学を先送りすることになる。たかが2年、されど2年。どっちとも取れるが、今の自分にとっては、10年の初頭にMBA留学を決意して当初は12年夏をターゲットにしていたし、それを13年夏にずらした時点で相当悔しかっただけに、更にもう1年、というのは、大変耐えがたいものを感じる。

初志を打ち立ててから、4年後の実現か。。。考えただけで、得も言えぬものがふつふつとこみあげてくる。

グッとこらえて、こらえぬくしかないのだろうが、それにしても、

!!!!!!!!!!!!(だけど黙る、耐える!!)

という心境だ。

だからと言ってMBAへの想いが途絶えることはないので、その点は全く歯牙にもかけないが、この間にモチベーションを高く上げる環境を整えておくかは、考える必要がある。

・現在運営幹事を務めているMBA友の会に積極参加する
・各Schoolの在日Almuniネットワークにガンガン突っ込み、卒業後の一員となったつもりで交わる
・在日外国籍MBAホルダーと定期的に交流や勉強する場をつくり、勝手にMBA留学中の環境に近い状況をセットしてしまう

ぱっと思いつく限りはこんなところだ。

もうひとつ、英語力の維持も難題。これまでTOEFLで何度も勉強から逃げ、打ちのめされ、また挑戦し、何とか勝ち取った103点。穴のあいた浴槽にお湯を注ぐようのと同じように、練習を怠れば(=お湯を入れなければ)、英語力(=浴槽の水位)はみるみる下がっていく。13年秋冬の1stに出願するとしても、あと1年5カ月はじっと英語力の維持に取り組まなければならない。

この意味は、今までの勉強を振り返ると、そら恐ろしい話だと筆者には思える。

勢いに乗ってきている今、一気にGMATまで終わらせてしまい、その流れで今年の秋冬に決着をつけたい気持ちにはなってくる。うーん、これも大きな論点だ。。。


◆結論

なんだかんだ書いたし、重複するが、やはり選択肢は以下2つしかない。


①作戦2(Defferを前提に12年秋冬に出願)
②13年秋冬に出願

まずはAGOSに相談し、どちらの選択肢を基本路線にするか決める必要がある。また、いずれにせよ、GMATは7月中に何とか高得点を取るべく、急ピッチで勉強をするほかない。

嗚呼これはもう修羅場以外の何物でもない!!

やれることに集中し、気を抜かず、引き続き走り抜けよう。

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