転機は突然訪れた。
2015年夏(Class of 2017)で、社費派遣、決定。
昨日の夕方、現在所属する人事部ではなく、出身母体の金融事業部門の上席から内線がかかってきた。
「はい、[筆者名]です」
「おめでとう」
「はい?何の件でしょうか?」
「だから、おめでとう」
「えっと、、、何かありましたっけ、、、あ。もしやあの件ですか?」
「その件だよ。これからが一番大変だから、頑張って。留学までには・・・(以下略)」
以前のEntryにも書いた通り、今年の夏あたりからキャリアゴールや受験タイミングなど、複数要素でブレが生じ、迷走状態に陥っていた。
その後もGMATの勉強はぼちぼちつづけながら、社費選考も今回が最後(落ちたら今年か来年に出願し、それをもって退職)と思って取り掛かっていた。
そのため、勉強の優先順位、アロケーションとしては、
①本質的な英語力の向上
→すなわち、英語でのコミュニケーションの絶対量の増幅。平日週2回早朝にLOI Englishでネイティブと1時間英会話。毎週土曜日はBritish Councilで3時間の英語レッスン(英会話中心だが、宿題も含めると、読み、書き、聞き、話しがそこそこバランスよく学べる)。通勤時には最近ご無沙汰してきた通勤時のWall Street Journalのリスニング復活など、コミュニケーションにフォーカスを当てた勉強をしてきた。
②社費試験への対策
→今まで社費試験にあたっては、そんなに思いきり時間をかけもしないし、想定もしようがなかったので対策はしてこなかった。それが筆記試験や面接試験当日に仇となり、パフォーマンスを出せず、過去2回落ちたのだと思われた。過去2回の失敗を踏まえ、アプリケーション、筆記試験、面接試験、上席各位との個別面談(根回しに近い)、その他アセスメントテストの全てに個別対策の時間を設け、Affiance土佐先生にも適宜アドバイスを仰ぎながら、今回は事前に打てる手は全て打った上で臨んだ。この点、孫子の兵法の一節にある「彼(てき)を知り、己を知れば、百戦危うからず」に素直に従った形だ。
③GMAT
→何となく後回しにしてきた結果、いつも正答率が驚くほど低く、知らず知らずのうちに苦手意識が芽生え、課題となっていたRCを中心に、地味に勉強を続けてきた。
という感じで取り組んできた。
10月頃からはきれいに上記の優先順位で取り組んできたので、わかっていたことだがGMATに専念できない状態になり、RCに集中した結果、SC、CR、Mathはほったらかしてしまい、総力としては下がってしまい、結局年内は一度も受験しないという結果になった。
「まとまった時間を投じないとGMATはいつまでもクリアできない」
改めてGMATの壁の高さを再確認した。
その一方で、これまで辛酸を舐めてきた社費試験には、10月頃から今までならぬ気迫で取り組んだ。振り返ってみると、アプリケーション、筆記テスト、その他アセスメントテストが小出しに出てきたこともあり、朝通常GMATの勉強に充てる時間をこれらの対策に投じた。思いの外時間がかかり、GMATに時間を割けないもどかしさとの葛藤もあった。
一向に上がらないGMATのスコア(Prepで測定)を見るに、今年の出願(2014夏からの留学)の道は徐々に閉ざされつつあった。そこまでして社費を優先したにも関わらず、落ちたらどうなるか。社費の合否が出るのが年内と聞いていたので、それからGMATを巻き返しても出願は3rd Roundとなり、不利な戦いになる。そこで無理して戦うか、来年まで見送るか。来年まで見送ったとしたら、私費となると、帰国後の年齢が33歳になることもあり、転職活動に苦労が生じるのではないかという不安がよぎった。いや、それなら今あるNPOをもっと安定して稼げる形にして、帰国後すぐそちらに全て身を寄せるべきか。。。
そんなことが頭を駆け巡り、悶々とし、時にはモチベーションが低迷したこともあったが、歯を食いしばって出来ることをひたすら打ち込んでいった。
その結果、筆記試験、面接試験いずれも略想定内(むしろほぼドンピシャ)の問題・質問が出され、想定シナリオ通りの対応をしていった。
試験の詳細については守秘性の観点から記載は控えるが、一つだけ印象的であったやりとりを記録しておきたい。
面接時、こんなことを聞かれた。
「よく3年も社費選考受け続けられますね。やりたいことが沢山あるだろうに、きっとこれまで準備に多大な時間やお金を投じたでしょう。そこまでして留学したいと思うモチベーションの源泉はどこにあるのですか?」
「会社への事業の拡大に貢献する(本音では会社の事業に限定したくないが、面接では会社の説得の観点から、こういう文脈で語った)という『確信』があるから、ここまでやれるのだと思います。実際に学校へ足を運びました。日本人が中心ですが、これまで200人くらいはMBAホルダー・キャンディデートと会って話をしたと思います。その中で、MBA留学をすることで、国籍・産業を超えたネットワーク、断片化していた経験の体系化、世界から集まった屈強なキャンディデートと本気でぶつかり合いを通したリーダーシップ・コミュニケーション力の獲得が期待できることがわかりました。そしてそれらを得ることで、帰国後の事業へのコミットを通して必ず、留学をしていない前提で自分が出せるパフォーマンスを超えると確信しています。その確信が既に分かっているからこそ、留学が実現するまで、こうして性懲りもなく門を叩きに来ています。」
もはや面接で緊張もしなければ、変に飾り付けたりへりくだったりもしなかった。これでダメなら辞めて私費で行きますという覚悟が今まで以上に定まっていたからだろう、むしろ開き直りの心境にも近かったと思う。
そして昨日の内線。
一人で消化するのも良いと思ったが、まず頭に浮かんだ両親に、この事実を報告しようと思い、残業で遅いはずだった父を引っ張り出し、母も呼び出し、実家付近の居酒屋に行った。
たまに実家に寄ったと思えば、「今度こそ」と言うばかりで結果が出ない息子。
そんな姿を何も言わず見守ってくれた寡黙な父。
「あんたなら大丈夫よ!」と、何の根拠もなく只々背中を押してくれた陽気な母。
昨日、留学実現に一歩近づいた事実を伝えた。
「そうか。受験に合格するまでは気を抜けない。」と2時間くらいの飲食中、本当に一言だけの父。
「あらよかったわね!ちょうどそろそろこんな知らせが来るんじゃないかと思って英語の勉強を始めようと思ったの!留学中に遊びに行った時に話せなきゃね!お父さんは話せるからいいかもしれないけど。それと・・・(以下略。長い。)」と相変わらずマシンガントークをかます陽気な母。
いつもと何も変わらない会話のテンポ。その日常に少しの変化を感じた一夜だった。
今、感じていること、それは、喜びというより、むしろ恐怖にすら近いプレッシャー。
なんだかんだで、留学時期が後ろ倒しにできたため、タイムリミットがあるようでなかった。
GMATの受験回数は年間5回だが、待てば実質何度でも受けられた。TOEFLは結果が出るまで受け続ければよかった。
もうこの甘えは、許されない。
明確なデッドラインができた。GMATも、来年のこの時期に出願することを考慮すると、きっかり残り5回しか受験できない。その間に、TOEFL103点の有効期限も切れるため、再度ハイスコアを出さなければならない。
これまでその壁の高さを嫌というほど見て来たので、社費が決まった現時点においては、戦々恐々としか表現のしようがない。
来週には土佐先生と電話会議をすることになった。今後の受験戦略を再構築するにあたり、そのアドバイスをいただく。
今までの生活スタイルにおける時間配分は、総見直しが必須。
世の常で、いつもながらに大変な仕事。
急成長ながらも組織の拡大により課題山積のNPO法人。
もう後がないMBA留学。
ここ2年ほど、仕事、NPOと並行してMBAに取り組み、そのバランスの難しさを痛感してきたが、向う一年は、さらにそれに拍車がかかることになる。
ただ生活全般を見渡してみると、何だかんだ生活の隙間時間を有効活用できていなかったり、流されるままに上司・同僚・友人と飲み歩いたり(時にそれも大事ではあるが)、NPOで人に預けられるタスクを抱えてしまっていたり、最適化されていない部分もそれなりにあることは認識している。
こういう時間を向う一年は大胆に整理し、結果を出すための時間に変換しなければならないだろう。
また、キャリアゴールも腹落ちするレベルまで再定義する必要がある。軌道に乗るNPOはどうするのか、今の会社で真に成し遂げたいことは何か、深く、深く、自分に潜り込んで、ドロッとしてきた部分も洗い出して、しっかり練り上げていかなければならない。
さぁ、これからが大変だ。無理なギアチェンジでエンストしないよう気を付けながら、緊張感を持って結果を追求したい。

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2015年夏(Class of 2017)で、社費派遣、決定。
昨日の夕方、現在所属する人事部ではなく、出身母体の金融事業部門の上席から内線がかかってきた。
「はい、[筆者名]です」
「おめでとう」
「はい?何の件でしょうか?」
「だから、おめでとう」
「えっと、、、何かありましたっけ、、、あ。もしやあの件ですか?」
「その件だよ。これからが一番大変だから、頑張って。留学までには・・・(以下略)」
以前のEntryにも書いた通り、今年の夏あたりからキャリアゴールや受験タイミングなど、複数要素でブレが生じ、迷走状態に陥っていた。
その後もGMATの勉強はぼちぼちつづけながら、社費選考も今回が最後(落ちたら今年か来年に出願し、それをもって退職)と思って取り掛かっていた。
そのため、勉強の優先順位、アロケーションとしては、
①本質的な英語力の向上
→すなわち、英語でのコミュニケーションの絶対量の増幅。平日週2回早朝にLOI Englishでネイティブと1時間英会話。毎週土曜日はBritish Councilで3時間の英語レッスン(英会話中心だが、宿題も含めると、読み、書き、聞き、話しがそこそこバランスよく学べる)。通勤時には最近ご無沙汰してきた通勤時のWall Street Journalのリスニング復活など、コミュニケーションにフォーカスを当てた勉強をしてきた。
②社費試験への対策
→今まで社費試験にあたっては、そんなに思いきり時間をかけもしないし、想定もしようがなかったので対策はしてこなかった。それが筆記試験や面接試験当日に仇となり、パフォーマンスを出せず、過去2回落ちたのだと思われた。過去2回の失敗を踏まえ、アプリケーション、筆記試験、面接試験、上席各位との個別面談(根回しに近い)、その他アセスメントテストの全てに個別対策の時間を設け、Affiance土佐先生にも適宜アドバイスを仰ぎながら、今回は事前に打てる手は全て打った上で臨んだ。この点、孫子の兵法の一節にある「彼(てき)を知り、己を知れば、百戦危うからず」に素直に従った形だ。
③GMAT
→何となく後回しにしてきた結果、いつも正答率が驚くほど低く、知らず知らずのうちに苦手意識が芽生え、課題となっていたRCを中心に、地味に勉強を続けてきた。
という感じで取り組んできた。
10月頃からはきれいに上記の優先順位で取り組んできたので、わかっていたことだがGMATに専念できない状態になり、RCに集中した結果、SC、CR、Mathはほったらかしてしまい、総力としては下がってしまい、結局年内は一度も受験しないという結果になった。
「まとまった時間を投じないとGMATはいつまでもクリアできない」
改めてGMATの壁の高さを再確認した。
その一方で、これまで辛酸を舐めてきた社費試験には、10月頃から今までならぬ気迫で取り組んだ。振り返ってみると、アプリケーション、筆記テスト、その他アセスメントテストが小出しに出てきたこともあり、朝通常GMATの勉強に充てる時間をこれらの対策に投じた。思いの外時間がかかり、GMATに時間を割けないもどかしさとの葛藤もあった。
一向に上がらないGMATのスコア(Prepで測定)を見るに、今年の出願(2014夏からの留学)の道は徐々に閉ざされつつあった。そこまでして社費を優先したにも関わらず、落ちたらどうなるか。社費の合否が出るのが年内と聞いていたので、それからGMATを巻き返しても出願は3rd Roundとなり、不利な戦いになる。そこで無理して戦うか、来年まで見送るか。来年まで見送ったとしたら、私費となると、帰国後の年齢が33歳になることもあり、転職活動に苦労が生じるのではないかという不安がよぎった。いや、それなら今あるNPOをもっと安定して稼げる形にして、帰国後すぐそちらに全て身を寄せるべきか。。。
そんなことが頭を駆け巡り、悶々とし、時にはモチベーションが低迷したこともあったが、歯を食いしばって出来ることをひたすら打ち込んでいった。
その結果、筆記試験、面接試験いずれも略想定内(むしろほぼドンピシャ)の問題・質問が出され、想定シナリオ通りの対応をしていった。
試験の詳細については守秘性の観点から記載は控えるが、一つだけ印象的であったやりとりを記録しておきたい。
面接時、こんなことを聞かれた。
「よく3年も社費選考受け続けられますね。やりたいことが沢山あるだろうに、きっとこれまで準備に多大な時間やお金を投じたでしょう。そこまでして留学したいと思うモチベーションの源泉はどこにあるのですか?」
「会社への事業の拡大に貢献する(本音では会社の事業に限定したくないが、面接では会社の説得の観点から、こういう文脈で語った)という『確信』があるから、ここまでやれるのだと思います。実際に学校へ足を運びました。日本人が中心ですが、これまで200人くらいはMBAホルダー・キャンディデートと会って話をしたと思います。その中で、MBA留学をすることで、国籍・産業を超えたネットワーク、断片化していた経験の体系化、世界から集まった屈強なキャンディデートと本気でぶつかり合いを通したリーダーシップ・コミュニケーション力の獲得が期待できることがわかりました。そしてそれらを得ることで、帰国後の事業へのコミットを通して必ず、留学をしていない前提で自分が出せるパフォーマンスを超えると確信しています。その確信が既に分かっているからこそ、留学が実現するまで、こうして性懲りもなく門を叩きに来ています。」
もはや面接で緊張もしなければ、変に飾り付けたりへりくだったりもしなかった。これでダメなら辞めて私費で行きますという覚悟が今まで以上に定まっていたからだろう、むしろ開き直りの心境にも近かったと思う。
そして昨日の内線。
一人で消化するのも良いと思ったが、まず頭に浮かんだ両親に、この事実を報告しようと思い、残業で遅いはずだった父を引っ張り出し、母も呼び出し、実家付近の居酒屋に行った。
たまに実家に寄ったと思えば、「今度こそ」と言うばかりで結果が出ない息子。
そんな姿を何も言わず見守ってくれた寡黙な父。
「あんたなら大丈夫よ!」と、何の根拠もなく只々背中を押してくれた陽気な母。
昨日、留学実現に一歩近づいた事実を伝えた。
「そうか。受験に合格するまでは気を抜けない。」と2時間くらいの飲食中、本当に一言だけの父。
「あらよかったわね!ちょうどそろそろこんな知らせが来るんじゃないかと思って英語の勉強を始めようと思ったの!留学中に遊びに行った時に話せなきゃね!お父さんは話せるからいいかもしれないけど。それと・・・(以下略。長い。)」と相変わらずマシンガントークをかます陽気な母。
いつもと何も変わらない会話のテンポ。その日常に少しの変化を感じた一夜だった。
今、感じていること、それは、喜びというより、むしろ恐怖にすら近いプレッシャー。
なんだかんだで、留学時期が後ろ倒しにできたため、タイムリミットがあるようでなかった。
GMATの受験回数は年間5回だが、待てば実質何度でも受けられた。TOEFLは結果が出るまで受け続ければよかった。
もうこの甘えは、許されない。
明確なデッドラインができた。GMATも、来年のこの時期に出願することを考慮すると、きっかり残り5回しか受験できない。その間に、TOEFL103点の有効期限も切れるため、再度ハイスコアを出さなければならない。
これまでその壁の高さを嫌というほど見て来たので、社費が決まった現時点においては、戦々恐々としか表現のしようがない。
来週には土佐先生と電話会議をすることになった。今後の受験戦略を再構築するにあたり、そのアドバイスをいただく。
今までの生活スタイルにおける時間配分は、総見直しが必須。
世の常で、いつもながらに大変な仕事。
急成長ながらも組織の拡大により課題山積のNPO法人。
もう後がないMBA留学。
ここ2年ほど、仕事、NPOと並行してMBAに取り組み、そのバランスの難しさを痛感してきたが、向う一年は、さらにそれに拍車がかかることになる。
ただ生活全般を見渡してみると、何だかんだ生活の隙間時間を有効活用できていなかったり、流されるままに上司・同僚・友人と飲み歩いたり(時にそれも大事ではあるが)、NPOで人に預けられるタスクを抱えてしまっていたり、最適化されていない部分もそれなりにあることは認識している。
こういう時間を向う一年は大胆に整理し、結果を出すための時間に変換しなければならないだろう。
また、キャリアゴールも腹落ちするレベルまで再定義する必要がある。軌道に乗るNPOはどうするのか、今の会社で真に成し遂げたいことは何か、深く、深く、自分に潜り込んで、ドロッとしてきた部分も洗い出して、しっかり練り上げていかなければならない。
さぁ、これからが大変だ。無理なギアチェンジでエンストしないよう気を付けながら、緊張感を持って結果を追求したい。

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おめでとうございます!
返信削除留学に大きく近づきましたね。あとは迷いなく勉強するだけかと思います(それが難しいことも理解していますが)。
私自身もこの2年間ほど留学のために準備してきて、なかなか結果が出ないままでしたでので、筆者様の置かれた立場や気持ちがよくわかります。
ぜひとも頑張っていただければと思います。
私もなんとか結果が出せるように努力していきます。
お互い頑張りましょう!
>匿名さん
返信削除コメントを頂戴しありがとうございます!
これで完全に背水の陣となりましたので、覚悟を決めて、生活のバランスを大きく変更し、このチャンスをものにしていく考えです。
2年ですか、もどかしいですよね、一緒に頑張りましょう!