2015年夏(Class of 2017)からの米国MBA留学を目指す、某仕事人の軌跡
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2013年12月13日金曜日

転機

転機は突然訪れた。

2015年夏(Class of 2017)で、社費派遣、決定。

昨日の夕方、現在所属する人事部ではなく、出身母体の金融事業部門の上席から内線がかかってきた。

「はい、[筆者名]です」

「おめでとう」

「はい?何の件でしょうか?」

「だから、おめでとう」

「えっと、、、何かありましたっけ、、、あ。もしやあの件ですか?」

「その件だよ。これからが一番大変だから、頑張って。留学までには・・・(以下略)」



以前のEntryにも書いた通り、今年の夏あたりからキャリアゴールや受験タイミングなど、複数要素でブレが生じ、迷走状態に陥っていた。

その後もGMATの勉強はぼちぼちつづけながら、社費選考も今回が最後(落ちたら今年か来年に出願し、それをもって退職)と思って取り掛かっていた。

そのため、勉強の優先順位、アロケーションとしては、

①本質的な英語力の向上
→すなわち、英語でのコミュニケーションの絶対量の増幅。平日週2回早朝にLOI Englishでネイティブと1時間英会話。毎週土曜日はBritish Councilで3時間の英語レッスン(英会話中心だが、宿題も含めると、読み、書き、聞き、話しがそこそこバランスよく学べる)。通勤時には最近ご無沙汰してきた通勤時のWall Street Journalのリスニング復活など、コミュニケーションにフォーカスを当てた勉強をしてきた。

②社費試験への対策
→今まで社費試験にあたっては、そんなに思いきり時間をかけもしないし、想定もしようがなかったので対策はしてこなかった。それが筆記試験や面接試験当日に仇となり、パフォーマンスを出せず、過去2回落ちたのだと思われた。過去2回の失敗を踏まえ、アプリケーション、筆記試験、面接試験、上席各位との個別面談(根回しに近い)、その他アセスメントテストの全てに個別対策の時間を設け、Affiance土佐先生にも適宜アドバイスを仰ぎながら、今回は事前に打てる手は全て打った上で臨んだ。この点、孫子の兵法の一節にある「彼(てき)を知り、己を知れば、百戦危うからず」に素直に従った形だ。

③GMAT
→何となく後回しにしてきた結果、いつも正答率が驚くほど低く、知らず知らずのうちに苦手意識が芽生え、課題となっていたRCを中心に、地味に勉強を続けてきた。

という感じで取り組んできた。

10月頃からはきれいに上記の優先順位で取り組んできたので、わかっていたことだがGMATに専念できない状態になり、RCに集中した結果、SC、CR、Mathはほったらかしてしまい、総力としては下がってしまい、結局年内は一度も受験しないという結果になった。

「まとまった時間を投じないとGMATはいつまでもクリアできない」

改めてGMATの壁の高さを再確認した。

その一方で、これまで辛酸を舐めてきた社費試験には、10月頃から今までならぬ気迫で取り組んだ。振り返ってみると、アプリケーション、筆記テスト、その他アセスメントテストが小出しに出てきたこともあり、朝通常GMATの勉強に充てる時間をこれらの対策に投じた。思いの外時間がかかり、GMATに時間を割けないもどかしさとの葛藤もあった。

一向に上がらないGMATのスコア(Prepで測定)を見るに、今年の出願(2014夏からの留学)の道は徐々に閉ざされつつあった。そこまでして社費を優先したにも関わらず、落ちたらどうなるか。社費の合否が出るのが年内と聞いていたので、それからGMATを巻き返しても出願は3rd Roundとなり、不利な戦いになる。そこで無理して戦うか、来年まで見送るか。来年まで見送ったとしたら、私費となると、帰国後の年齢が33歳になることもあり、転職活動に苦労が生じるのではないかという不安がよぎった。いや、それなら今あるNPOをもっと安定して稼げる形にして、帰国後すぐそちらに全て身を寄せるべきか。。。

そんなことが頭を駆け巡り、悶々とし、時にはモチベーションが低迷したこともあったが、歯を食いしばって出来ることをひたすら打ち込んでいった。

その結果、筆記試験、面接試験いずれも略想定内(むしろほぼドンピシャ)の問題・質問が出され、想定シナリオ通りの対応をしていった。

試験の詳細については守秘性の観点から記載は控えるが、一つだけ印象的であったやりとりを記録しておきたい。

面接時、こんなことを聞かれた。

「よく3年も社費選考受け続けられますね。やりたいことが沢山あるだろうに、きっとこれまで準備に多大な時間やお金を投じたでしょう。そこまでして留学したいと思うモチベーションの源泉はどこにあるのですか?」

「会社への事業の拡大に貢献する(本音では会社の事業に限定したくないが、面接では会社の説得の観点から、こういう文脈で語った)という『確信』があるから、ここまでやれるのだと思います。実際に学校へ足を運びました。日本人が中心ですが、これまで200人くらいはMBAホルダー・キャンディデートと会って話をしたと思います。その中で、MBA留学をすることで、国籍・産業を超えたネットワーク、断片化していた経験の体系化、世界から集まった屈強なキャンディデートと本気でぶつかり合いを通したリーダーシップ・コミュニケーション力の獲得が期待できることがわかりました。そしてそれらを得ることで、帰国後の事業へのコミットを通して必ず、留学をしていない前提で自分が出せるパフォーマンスを超えると確信しています。その確信が既に分かっているからこそ、留学が実現するまで、こうして性懲りもなく門を叩きに来ています。」

もはや面接で緊張もしなければ、変に飾り付けたりへりくだったりもしなかった。これでダメなら辞めて私費で行きますという覚悟が今まで以上に定まっていたからだろう、むしろ開き直りの心境にも近かったと思う。


そして昨日の内線。

一人で消化するのも良いと思ったが、まず頭に浮かんだ両親に、この事実を報告しようと思い、残業で遅いはずだった父を引っ張り出し、母も呼び出し、実家付近の居酒屋に行った。

たまに実家に寄ったと思えば、「今度こそ」と言うばかりで結果が出ない息子。

そんな姿を何も言わず見守ってくれた寡黙な父。
「あんたなら大丈夫よ!」と、何の根拠もなく只々背中を押してくれた陽気な母。

昨日、留学実現に一歩近づいた事実を伝えた。

「そうか。受験に合格するまでは気を抜けない。」と2時間くらいの飲食中、本当に一言だけの父。
「あらよかったわね!ちょうどそろそろこんな知らせが来るんじゃないかと思って英語の勉強を始めようと思ったの!留学中に遊びに行った時に話せなきゃね!お父さんは話せるからいいかもしれないけど。それと・・・(以下略。長い。)」と相変わらずマシンガントークをかます陽気な母。

いつもと何も変わらない会話のテンポ。その日常に少しの変化を感じた一夜だった。


今、感じていること、それは、喜びというより、むしろ恐怖にすら近いプレッシャー。

なんだかんだで、留学時期が後ろ倒しにできたため、タイムリミットがあるようでなかった。
GMATの受験回数は年間5回だが、待てば実質何度でも受けられた。TOEFLは結果が出るまで受け続ければよかった。

もうこの甘えは、許されない。

明確なデッドラインができた。GMATも、来年のこの時期に出願することを考慮すると、きっかり残り5回しか受験できない。その間に、TOEFL103点の有効期限も切れるため、再度ハイスコアを出さなければならない。

これまでその壁の高さを嫌というほど見て来たので、社費が決まった現時点においては、戦々恐々としか表現のしようがない。

来週には土佐先生と電話会議をすることになった。今後の受験戦略を再構築するにあたり、そのアドバイスをいただく。

今までの生活スタイルにおける時間配分は、総見直しが必須。

世の常で、いつもながらに大変な仕事。
急成長ながらも組織の拡大により課題山積のNPO法人。
もう後がないMBA留学。

ここ2年ほど、仕事、NPOと並行してMBAに取り組み、そのバランスの難しさを痛感してきたが、向う一年は、さらにそれに拍車がかかることになる。

ただ生活全般を見渡してみると、何だかんだ生活の隙間時間を有効活用できていなかったり、流されるままに上司・同僚・友人と飲み歩いたり(時にそれも大事ではあるが)、NPOで人に預けられるタスクを抱えてしまっていたり、最適化されていない部分もそれなりにあることは認識している。

こういう時間を向う一年は大胆に整理し、結果を出すための時間に変換しなければならないだろう。

また、キャリアゴールも腹落ちするレベルまで再定義する必要がある。軌道に乗るNPOはどうするのか、今の会社で真に成し遂げたいことは何か、深く、深く、自分に潜り込んで、ドロッとしてきた部分も洗い出して、しっかり練り上げていかなければならない。

さぁ、これからが大変だ。無理なギアチェンジでエンストしないよう気を付けながら、緊張感を持って結果を追求したい。


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2012年3月31日土曜日

【超大作】2011年度を、そしてMBA留学への想いを振り返る

※今日のEntryは超大作ですので、読者の皆様、悪しからず・・・


今日で2011年度が最後だ。

明日からは2012年度、もう自分もWork experienceは満5年、まもなく28歳、MBA留学的にはもう残りわずかの年齢だ。

結論からいうと、この一年間を振り返ってみて、いろいろやったようで、何も結果が残らない一年だった。

TOEFL: 100点未満。TOP校に出願するレベルに到底至らず
GMAT: 400点台。まったく話にならないお粗末なスコア
奨学金: フルブライトは2次書類選考で落選、社費は最終選考まで残るも落選
エッセイ: せっかくAGOSの特別奨学生に選抜されるも、スコアメイクができずほとんどエッセイコンサルタントと会話できないまま受講期間終了

ご覧の通りだ。

自分ではそれなりに頑張った気がする。勉強をしなかったわけではない。TOEFLだって、もう嫌になるくらい受験した。ただ、結果だけを並べるなら、この惨憺たる状況だ。

ただ、この理由は自分でも十分納得できている。何をやるにせよ、中途半端だったからだ。

今日たまたま、ハーバードEducationに留学し、その後教育系NPOを立ち上げた、筆者よりひとつ年上の方のブログを読んでいたところ、こんなことが書いてあった。

----------------

2006年12月  キャンセル
2007年1月   62点
1月   68点
2月   78点
3月   85点
4月   91点
5月   96点
5月   98点
6月   99点
8月   101点
8月   100点
9月   103点
10月  104点

本当につらかったな~

平日は仕事をしているので、4時間~6時間の勉強時間
休日は13時間

----------------

点数の伸び方が、勉強の密度で十分説明できる。結果を出す人とは、これだけコミットして勉強している人なのだろう。

一方自分はどうか。最近は正直、留学への想いと裏腹に日々の勉強に対するモチベーションが落ちていることもあり、平日は0~2時間、休日3~5時間程度しか勉強していない。

これでは点数が伸びるはずがない。

そんな状況で無駄に受験ばかりするものだから、間もなくTOEFL受験が30回に到達しようとしているのだ。

彼のいう「本当につらかったな~」と、筆者のいう「つらい」「テンションがさがっている」「気を取り直してがんばろう」は、全く言葉の重みが違ったのだろうと、自分を翻りながら読んだ。

つまるところ、自分には単に努力量が足りないだけなのだと思う。いろんなことを言い訳にして、すぐ逃げる悪い癖がついているし、年末に「気持入れ替えます」的なEntryを書いたにもかかわらず、相変わらず本質的には気持が入れ替わっていない。

2012年に入ってから、そのだらだらした状況が続いている。早いもので、それで一年間の4分の1を浪費してしまった。スコアは先日報告したばかりだが、その状況が一目瞭然だろう。

こんな状況では、いつまで経っても結果は出せないだろう。

年度末を締めくくるこの一日で、自分の甘さを改めて認識し、安易な方向へ走らず、厳しく鞭を打ち続けなければならないと痛感した。



MBAへの想いを振り返る意味で、Why MBA?とキャリアゴールに関して、最近少しずつ起きている心境の変化も含め、自分の考えを整理するためにも、丁寧に書いてみたい。



◆はじまりは、"Where is YOYOGI station?"

高校時代にまで話は遡る。大学受験の勉強に打ち込む毎日のなか、親友から「気晴らしに新宿へ買い物にいこう」との連絡があった。たまにはいいかと思い、いざ新宿へ。一通り買い物も終わり、帰りの切符を買おうとしたところ、外国人に声をかけられた。

"Where is YOYOGI station?"

たったこれだけの質問。新宿から代々木へは隣へ山手線でいくだけ。

だが、何も答えられなかった。テンパったというのもあったが、英単語ひとつすら思いつかなかった。筆者が泡をふいているうちに、彼らは質問したことに恐縮し、「OK、自分たちで何とかするよ」という素振りを見せ、去って行ってしまった。

帰り道、自分の不甲斐なさに憤慨した。

なぜ受験勉強と称して、毎日英語を3時間も勉強しているのに、道ひとつ説明できないのか?
なんのために英語を勉強しているのか?
英語というツールを使って、コミュニケーションをするためではないのか?
ではなぜ自分は今日コミュニケーションができなかったのか・・・

日常のなかで見つけた、大きな問題意識であった。


◆失意の入学と世界一人旅

いつしか毎日の勉強に追われ、複数大学を受験し、入学したのは関東6大学のうちの一校。本当は自由闊達な校風に惹かれ早稲田に行きたかったが、受験日に高熱を出してしまい、朦朧としながらの受験で、結果は不合格。

一年浪人を考えたが、いわゆる「MARCH」のうちの一校から、一般受験での成績優良を理由に在学中学費全額免除のオファーを受けたので、これも何かの縁だと思って、一抹の失意を胸にしながらも入学することに。

しかし、入学した直後、やはり志望校へ行けなかったことへの憤りが心のどこかでつっかえになっていて、「どうせ2流の大学に入ったのだから、1流のやつらができないことをしよう」と、アウトローなやり方で自分だけの4年間をつくってやろうと思った。

そこで思い返したのが、新宿でのあの日だった。

「英語をもっとうまく話せるようになりたい。あの悔しさを晴らしたい。」

ネットで見つけた、とある旅行代理店へ走った。日本人がいない場所へ行って、どっぷり英語の環境につかりたい。同時に、語学学校のような狭い教室にとどまるのではなく、フィールドワークを通して生の英語を身につけたい。そんな想いの交点を、その旅行代理店は「現地集合現地解散の、International Volunteerによる、環境保護プログラム」というオーストラリア全土でのプログラムで満たしてくれた。

1ヶ月半の滞在のうち、半分がそのボランティア、半分は旅程を決めないバックパッカーの旅だった。はじめは英語の習得を目的としていた。だが現地に渡ってみて、10人前後での世界各国から集まったボランティアたちと寝食をともにし、語り合い、チームに与えられたミッションを達成するという経験を通して、英語は単なるツールでしかなく、コミュニケーションの手段であること、英語を使いこなせることにより世界70億人のスタンダードのなかで生きられることの喜びを学び、もっといろんな国・地域の人とかかわりたいという想いが沸き起こってきた。

 <ボランティアのメンバーと>

<道中の景色>

それからは、怖いもの知らずで、インド、ネパール、タイ、ラオス、エジプト、トルコ、ペルー、ボリビア、ブラジル、台湾、モンゴルなど、世界各国を飛び回り、現地の人々はもちろん、道中であう欧米人、日本人、韓国人などと交流をもち、「異なる価値観を掛け合わせることで新しい何かが生まれる」という可能性を自身の中核的考えとして思うようになった。

 <灼熱のエジプト>
<アマゾンのワニと一緒に>

◆転機 ~ビジネス入門~

バックパッカーとしての毎日に突然の転機が。大学3年目を目前に控えある春休みの日に、タイの山奥にいる首長族に会いにいくために、道なき道をバイクで爆走。行きはなんとかうまくたどりついたが、本物の首長族に会い、気分をよくしていたのか、気を許して転倒。左足に大怪我を負ってしまった。

<合成ではありません>

これが転機となり、当時引越しのアルバイトをしていたのが、しばらく稼動できなくなり、「体を使えないのなら頭を使おう。頭を使えるなら、卒業して社会人となったときに生きるビジネスの分野にフォーカスしてみよう。」と考え、学生団体が開催する起業家セミナーや著名経営者による講演会などに片っ端から参加した。

その中で縁が会って加わったのが、早稲田の学生が中心となって設立する目前のNPO法人だった。当時のその団体のミッションは「Gapyear制度」を日本に導入しようというものであった。Gapyear制度とは、イギリスの大学で一般的な制度で、大学入学した1年目を、海外留学、ボランティア活動、インターンシップなどに投じ、それを学校にレポートすることで、1年目の必要単位相当分をすべて取得できる制度で、課外活動を通じ社会に通用する学生を育成できる制度だ。

これに共感し活動に参画、直後には法人化し、学生に課外活動を紹介するフリーペーパー発行やイベント企画を中心に活動し、筆者は企業協賛の獲得からイベントへのタレントブッキングなど幅広く貪欲に活動した。


◆次なる転機 ~NPOの法人化失敗、そして自分は何がしたいのか~

一時期学生スタッフ50人を超える組織にまで拡大、代表の鼻息も荒くなり、「代々木公園のイベントスペース(アースデー東京などを開催している野外コンサート会場)を貸し切って、学生3万人を読んだイベントを開催しよう!そしてそれが成功した暁には、その収益金を元手に株式会社化しよう!」とぶち上げた。



イベントのコンセプトは、芸能人によるフリーライブなどで若者を集客しつつ、留学支援・ボランティア・インターンなどを募集する企業・NPOを多数招きブースを設立、学生に課外活動が人間的成長をもたらせてくれる素晴らしいものであるということを周知する。またイベントの規模を武器にメディアを通じて広くパブを張り、大学に制度導入を促そうというもので、やろうとしていたことは間違ってはいなかった。

しかし、あまりにアグレッシブで無知な学生たちには度を超えたイベントだったのだろう、収支計画がずさんで、見込みのない収入をベースにイベント出費だけ豪華になっていく。芸能人もそれなりの人が来てくれることになったのはいいが、ギャラはどうするのかあいまい。一方で広報が不発で参加者の見込みが立たない。

こんな状態が続き、イベント準備は迷走。大学3年生の3月、本当であれば就職活動の真っただ中だ。株式会社化、そしてそこでの幹部就任を約束されていた筆者は、「シューカツ」なるものには興味がないとたかをくくっていたが、さすがに危機感をおぼえた。イベント当日は4月中旬。イベントには全力投球するが、きっとこのイベントは大ゴケする。そうしたら、就職先がない、まずい。

サラリーマンで何の変哲もない父に、ある日正直に全てを話した。

その彼から思わぬ叱咤をされることに。

「事業をやる人間にとって、収支計画は命だ。何が見込める収入で、その収入の確度はどの程度で、だからここまで金が使える。こんな簡単なことだが難しいのがビジネスだ。お前の話を聞く限り、収支計画の「し」の字もない。そんな甘い考えで何が起業だ。ビジネスをする資格はお前にはない。ビジネスのことをもっと本気で考え、一から勉強しなさい。」

その通りだった。

勢いで作った会社は必ず潰れる。しかも従業員やその家族を背負ってまで、だ。想いがどんなに正しかろうが、素晴らしかろうが、経営計画をまともに立てられない、ビジネス感覚のない企業に明日はない。

NPOの活動の傍ら、ふとした縁から六本木の某クラブのオーナーと仲良くなり、足しげく通っていたのだが、ヒルズ族の社長、その社員、芸能人、政治家と毎日のように会い、「大企業なんかかっこ悪い、ベンチャーで自分の力を発揮するんだ」とありがたく説教を頂いていた。

その影響もあり、盲目的にベンチャー志向に突っ走っていたのだが、自身の追い込まれた状況を振り返り、「どんな大企業だって、設立した日はベンチャー起業であった。逆にいえば、100年潰れなかった"ベンチャー"では、どんな経営をしているのだろうか」という点に興味を持ち、大企業へ進むというキャリアパスを考え始めた。


案の定、結果から言うと、400万円ほどの借金を抱えて大失敗。野外イベントだったこともあり悪天候で人足が遠のき、見込んでいた飲食の収入が振るわなかった。協賛金も目標額に達していなかったため、これを穴埋めできなかった。その後の損失処理については、言うまでもなく辛いものであったが、ここではその具体的な話は避けたい。

それまでの人生で最も苦しみ、辛酸を舐める経験となったが、ここでの教訓である「損するビジネスに意味はなし」は決して忘れないし、完膚なきまでに打ち砕かれた経験は人間を強くするもので、間違いなく今の自分を前に突き動かす力の源泉の一つとなっている。

この経験から、負けないビジネスを遂行する経営力を身につけ、将来的には当時の自分と同じように、想いがあって世のために活動しているのに、経営力がなく潰れていく企業や組織を救いたい、と思うようになった。



◆次なるステージへ ~総合商社における金融事業部門~

では、どこで経営力が身につけられ、また具体的にどうやって潰れていく企業を救えばいいのだろうかと次に考えた。

<どこで?>

経営者に近い立場、という意味では、どの会社でもいいから経営企画部に入ればいいのではないかと最初に考えた。だが経営企画部に入るには、営業やその他部局での長い下積み生活を積まなければたどりつけない。

では経営コンサルティング会社はどうか。残念ながら3月中旬にはもうほとんど有名ファームの募集は締め切られていた。また筆者の大学のレベルでは、マッキンゼーやBCGなどトップファームはまず受け入れてくれないだろうと容易に想像ついた。

次に出てきたのがリクルート。社長製造マシーンと言ってもいいほど数多たる社長を輩出している特殊な企業だ。だが、業界が人材や広告会社に集中しているし、またバックパッカーでの経験を通して、世界70億のスタンダードの中でビジネスを展開していきたい、という考えからすれば、国内メインのリクルートのフィールドでは、満足できないと思った。

そして行き着いたのが総合商社。「事業投資」―単なる投資をするのではなく、経営権が獲得できる相当分の出資を通して、事業そのものの価値を中長期的に向上させ、必要であればずっと株式をホールドしインカムゲインを享受するし、それかキャピタルゲインを狙って売却する、というビジネスモデルを確立している。

事業の価値を向上させるために、「ヒト・モノ・カネ・チエ」を惜しげもなく注ぎ込む。若手であっても、日常レベルでの業務は泥臭いタスク処理もあろうが、投資先の経営陣と対峙し事業をどうするべきか同じ目線で考えることができる。

そしてそのフィールドは全世界に張り巡らされている。日本という島国だけの発想では世界には通用しない。多様な文化を許容し、ロジックをゼロから組み立てなおすことで、真に価値あるイノベーションが生まれる。

こんな総合商社という世界に魅せられ、自分はどうしてもここに来たいと思った。

<どうやって?>

では、総合商社に入れば問答無用に経営力が身につき、経営力がなく潰れていく企業や苦境に陥っている企業を救えるのか?

事業にあまりに軸足を置きすぎて、特定事業には強いが、その事業の世界だけでしか戦えなくなってはいけないとも考えた。

「純粋にどんな企業であっても経営できる経営力」とでも言おうか、ユニバーサルな経営力を身につけたいと思い、その折に、「金融」の機能に着目した。

金融とはその字のごとく「金」を「融通」する機能だ。ゴールドスミスの逸話にもあるように、余っている人の金を、必要としている人に融通する。融通してもらうのだから、融通してもらった人は利子というFeeを上乗せして貸主に返済する。

たとえば、ある若者が素晴らしいビジネスプランを思いついたとする。だが彼には金がない。どうするか?

佐川急便で5年汗水流して1000万円貯めるならどうか。一番堅実のように見える。だが、今日のプランが5年後も通用するか保証はない。今だからこそ、うまくいくビジネスだってある。

ビジネスプランを1ヶ月で綿密に練り上げて紙に落とし、エンジェル投資家、銀行に2週間かけて巡ってみてはどうだろう?その内容に隙がなければ、その場で金が出てくる場合が起こりえる。そこで調達した1000万円を元手に、プランを実行へ移し、案の定大当たりとなれば、借金の返済または投資家への利益分配ができる。本人はビジネスを形にしてHappy、世の中にサービスが生み出されUserはハッピー、投資家は余った金で収益を生み出せてHappy、みんなHappyなのである。

さらには「ファンド」も典型的な金融手法の一つだ。ファンドは砕いて説明するなら、「宝の山集金BOX」であるとよく筆者はたとえる。

「宝の山」があっても大抵は一人で辿りつけないことが多い。激流が待ち構えている。途中豪雨が襲ってくる。崖の上にある。誰でもアクセスできるところに宝の山なんてものがあるなら、とっくに誰かが到達し持ち去っているからだ。

それ故、橋をかけたり、雨合羽を買ったり、クライミングブーツを買ったりしなければならない。トレジャーハンターたちを雇ってチームを結成なければならない。これには当然金(=コスト)がかかる。だがこれらのコストを払ってでも宝の山に到達できれば、莫大な利益を獲得できる可能性がある。その金を投資家から集めるのが「宝の山集金BOX」だ。そのBOXには、以下のようなことが書いてある。

・集金額に比例して利益が分配される
・宝の山だと思って金を投じても、藻屑となるリスクがある
・集金後2年間は返金できない
・etc

こういう条件付き集金BOX(=ファンド)という「仕組み」をつくることで、一人ではできないことを実現できる。金融にはそんな力が秘められている。

日本には今、個人金融資産が約1400兆円ある。これまで世界の製造工場として自動車やエレクトロニクス製品を輸出し、言うなれば「日本株式会社」として蓄財してきた資産が山積している。この資産の約7割が日本国債に流れている。つまり、リスクフリーの資産、言いかえればタンス預金しているようなものだ。

日本人は、清貧の文化、投資を博打と見る志向を持つ傾向にあり、投資に対する姿勢が最も保守的な国の一つである。リスクを見極める能力を持った上で、こうした余った金を融通して、金を必要としているところに投じていく。日本に必要とされているのは、金融への知見とリスク耐性の向上ではないだろうか。

ただし、金融はあくまで機能であり、実ビジネスがその先にあって初めて意味をなすものであり、事業に裏付けられた金融プレーをするべきと考えた。

こんな問題意識から、上記すべてを当時の学生の自分が考えることはできなかったが、概念的にこのようなことを考え、総合商社における金融事業部門へ進みたいと熱弁し、見事その扉を開いたのであった。



◆Why MBA?

実際に念願の金融事業部門に配属され、ビジョンを達成する天命を与ったのだとの思いから、やれることは一通りやった。

最初に担当したのは、国内の某自動車リース会社への投資および経営管理。投資先の経営企画部と連携し、営業戦略の立案、社内ITシステムの刷新、全社的なコストカット、企業買収まで、若手ながら様々な業務に携わることができた。約2年半の経験である。

次に、早期グローバル人材育成を掲げる研修プログラムに抜擢され、南米のコロンビア共和国へ。ここでは商社ビジネスの最前線を見ることができたが、何より経験の糧になったのは、派遣元の部署が投資する自動車リース会社が現地にもあり、その経営管理に携わったことだった。

2週間ほどそのリース会社にデスクを設けてもらい、ほぼ全部署の部課長と面談させてもらった。日本で得た経験をベースに、面談する部課長一人一人に、こういう手法で顧客をつなぎとめるといいのではないか、この部分のコストがカットできる、自動車の仕入れはこうするともっとディスカウントできる、など、次々に経営改善策を提言。最後は社長にそのサマリーをプレゼンし、実際にいくつも提言をその後の経営に取り入れてもらった。

ちょうど半年間の研修を終えて帰国した直後からMBA受験を本格的に覚悟し、勉強をはじめた。2010年の4月の話だ。なぜか?

上記は仕事のほんの一部のポジティブサイドで、実際は、これらをその場の思いつきベースで進めてきたにすぎなかった。その場での対応で一応それらしい仕事はできてきただろうが、これらを体系立てて整理する時間や、そういうケースに直面した場合に適用できる理論としてどういったものがあるのかを落ち着いて考える時間がないまま突き進んできた感が否めなかった。

また、コロンビアに行った際には、英語力はそこそこあったものの、もっと突っ込んだ議論ができていればさらに面白いビジネスが生まれたのではなかっただろうと感じる面もあった。

さらに、これから事業と金融の両輪を回していくにあたり、資金の調達先、投資先のビジネスのいずれも世界に張り巡らせていかねばならない未来が見えているなかで、会社からスポット的な世界戦場が与えられるタイミングを待っているわけにもいかない、つまり自分から世界に打って出なければならないと考えた。

その点、まさにビジネススクールは、世界各国から、さまざまなビジネスバックグラウンドを持った腕利きが集まっており、意識高くその想いと頭脳力をぶつけあい、ケーススタディ、お互いの知見などあらゆるソースから将来自分が実現したいことのTipsをTake awayする。

そして卒業後は、金融の力を使いつつ、事業そのものの価値を向上させるプレイヤーになっていきたい、その実現に向けて、MBAという環境に20代最後の2年間を投じたい。この想いから、強い想いを持ってMBA志願を志したのである。


◆ポストMBAの行方

<初志>

当初のシナリオはひとつ。会社を辞めて私費で留学すること。実現したいことがより明確になりつつあるなかで、その達成のために必ずしも今の環境に固執する必要がないと思ったからだ。

実現したいことと何か。たとえるなら、「ポンコツ機を一機でも多く空にかえしてやること」だ。即ち、昔は大空を自由に飛び回っていた飛行機も、ポンコツ機になり飛べなくなるときは当然ある。原因は、パーツの老朽化かもしれないし、飛び方が空のコンディションにあっていないのかもしれない。こうしたポンコツ機を前に、足りないものは部品(モノ)、整備士(ヒト)、調達資金(カネ)、直すためのノウハウ(チエ)を掛け合わせて、ポンコツ機のパイロットやクルーたちと一緒になって修理する。

そして、ここからが重要だが、修理したポンコツ機のコックピットに、一員として乗り離陸、運命を共にすることだ。もしかしたら一緒に墜落するかもしれない覚悟をして手掛ける修理は本気であるし、再び空にかえれたときにはクルーたちとその喜びは分かち合える。

そしてフライトを一本終えて、もはやポンコツ機が立派なジェット機に返り咲いたその姿を見届けて、次なるポンコツ機の再生にひた走る。そうやって、世のため人のためになろうと頑張っているにも関わらず苦しんでいる企業を救いたい。Gapyear制度を日本に導入しようとひた走り、辛酸をなめた経験があるからこそ、同じ苦境に立たされている企業のために力を尽くせる。そんな想いだ。

具体的なキャリアで言うならば、事業再生ファンドやプライベートエクイティ(PE)ファンド(のなかでもディストレスに近いプレイヤー)にJoinしたいと思った。

ここまで明確になれば、あとはその方向に突き進むだけ。異動が前提の総合商社にとどまる理由はもはやないとの結論から、私費留学(偽りの説明で社費を獲得し、MBA卒業後すぐ辞めるのは潔くないとの考えから社費は全く考慮に入れず)を考えたのだった。

<変化 ~本当にやりたいこととは~>

初志に少しずつ変化が表れ始めたのが、昨年10月の部署異動がきっかけだった。それまでは一事業投資家の目線であったので、そのほかの投資家が何を考えているかを深く考える機会がさほどなかった。

一方、異動してきて担当になったのは、①不動産ファンド組成と、②子会社の証券会社のマネジメントであった。前者は国内の不動産に投資し、それをファンド化して投資家に売るという仕事、後者は、親会社(=筆者が所属する事業部)や外部のファンドから投資商品を仕入れ、投資家に売る会社であり、この会社の経営管理。いずれも顧客は日本が中心だ。

要はいずれも、投資家に投資機会を販売するのが仕事で、はじめて日本にはどういったタイプの投資家がいて、何をもとめていて、ボリュームとしてどうセクター配分(株、債券、不動産、ヘッジファンド、PEなど)されているかを認識した。

また、PEは発祥国アメリカでは相当なボリュームがあるものの、日本ではバブル崩壊後に弱体化した会社を一部PEファンドやディストレス投資家が買い叩き「ハゲタカ」というネガティブなブランディングがされてしまったこと、アメリカ的なドラスティックな経営再建を日本人のネイチャーでは実行できず、「事なかれ」主義の銀行や系列親会社がなんとかうまく延命させる風土であることもあり、下火状態が続いている。この事実も、書籍を通じてある程度は知っていたが、業界に入り投資家の声や様々なレポートから実態を知り、課題が多いことも分かった。

また、日本における事業再生の代名詞とも言える産業再生機構についてもかじってみたところ、素晴らしい功績は残したものの、その後解散し産業革新機構に移行してからは、事業規模も人材の質も以前のようにはいかない様子が見えてきた。

こうした時勢を鑑みるに、「この業界を俺の手で変えてやる!」という「パッション」、MBAという名前だけではすでにありふれた「こん棒」を両手に携えてPE業界に突入することが、果たして初志を成し遂げる解となりうるのだろうかと、立ち止まって考えるべきではないかという気もしている。

先に「ポンコツ機を空にかえす」という話をして、かつそれが自分の過去の体験に日もづいていることを書いた。またその想いへの前に、事業と金融を掛け合わせたビジネスを展開したいことも書いた。

どちらも根っこは同じで、要は、「事業経営を軸足におきつつ、金融の力を使って、世界に価値を創造すること」が根源的なビジョンであるということなのだ。その一つの側面が、住んでいる地域という意味で日本の個人金融資産1400兆円をなんとかしたいという考えであったり、NPOの失敗という過去の強烈な体験という意味では苦境に立たされている企業の事業再生であったりと、個別具体的な話に落とし込んでいくことで辿り着く枝葉の話なのである。

<この先の身の振り>

今実際にこの文章を書きながらはじめて自分でも整理できつつあるが、根源的なビジョンに立ち返ると、今いる会社でも外にいる会社でも実現は可能だ、という結論に到達する。

今いる総合商社の金融事業部門では、不動産投資、PE投資、リースが柱で、いずれも実物や実業をベースとする金融事業を展開しており、その地域は、各セクターにより偏りはあるが、日本、アジア、中東、欧州、北米と、世界へ張り巡らせている。

また、日本のマーケットにおいて今いる会社のプレゼンスは相当なものであることを感じており、日本の金融の在り方に一石を投じられるポジションにいることが、足元を見直すことで確認できた。

実際、先日より国内のとある一大プロジェクトに携わっているのだが、これまで積みあがってしまった負の遺産を、金融の力を使って対処しようという主眼で取り組んでいる案件であり、まさに事業の非効率を金融の力で変えるビジョンに合致した仕事だ。このプロジェクトのためにいくら深夜まで残業しようが全く疲れなかった理由は、そこにあるのだろう。

一方、外へ目を向けてみると、たとえば、以前からマークしているベインキャピタルはPEの最高峰の一つで、コンサルティングメソッドを最大限発揮して事業改革を推進し、一定期間で株式価値を高めて売却することで、投資の受け手も出し手もWin-Winの関係構築を実現しているプレイヤーだ。

また、ブラックストーンはPE、不動産、ヘッジファンドなど多様なセクターへ巧みに投資しつつ、それぞれのセクターでは綿密な精査を行ったうえで果敢にリスクを取りに行くアグレッシブなプレイヤーだ。そのほか、踏み込んだリスクを取ることで高いリターンを獲得するディストレス投資を得意とするローンスターについても言及しておきたい。

ただ、これら外資プレイヤーで仮に働くとするとそのDisadvantageは、日本の拠点スタッフとして採用されるケースが基本で、働くフィールドが日本に限定されることが通例であることだ。ややもすれば、中国の金が日本に流れてきたり、日本での経験を生かしてシンガポールに拠点を移し、そこからインドネシアに投資する時代が来て、外資系にJoinしても世界をフィールドに働ける時がそう遠くないうちに来るのかもしれない。ポイントは、そのリスクにBetするかどうかだ。

当初は私費(会社を辞める)が大前提の想定であったが、こうして考えてみると、まずは根源的なビジョンが、会社にとどまってもそうでなくても実現できることがわかったことが一つの発見である。

また、①日本経済を大きな視点から捉え金融の力を使って価値を生み出していきたいのなら今の会社、②グローバルベースでの活動が将来的に可能となることを期待し、かつドラスティックな経営改革と徹底した金融スキルの発揮により価値を生み出していきたいなら外資PEにいくべきだ、という現状の分類も改めてできた。

とするならば、どちらを選ぶか、であるが、これは今日のところではまだ決定できない。どこかの時点でする必要があるかもしれないし、あえてどちらも決めずにMBAに向かって突き進み、社費がつけば今の会社に、そうでなければ辞めて外資の道に、という「縁」で決めてもいいのかもしれない。

実は、このブログにはほとんど書かなかったが、数ヶ月前に社費選考に受験した。結果は最終段階でNGだった。私費が明らかに見えているのに、人事部をだまして社費でいこうという魂胆にはなり下がるまいと思っていたところを受けたのだから、心境の変化はあったはずだ。だがその時点では「迷い」に近い心境で、本当に自分がやりたいことがどこでならできるかをやや見失っていたのかもしれないと振り返って思う。

だが、こうして整理してみると、私費と社費のシーソーの中間点に帰ってきたようで、またリセットして考えていこうという気になった。


◆最後に

私費と社費、どちらを想像しようが、何はともあれ現実に戻ると、留学をするために必要なHomeworkをきっちりやらなければ、もとも子もないわけで、まずは足元のTOEFL・GMATをまずきっちりやろうぜ、という結論に至る。

今日は土曜日で時間があったということもあり、書き始めてからなんと6時間ほど経っている。最近、空き時間があってもなぜか勉強する気になれないことが増えてきており、このEntryの冒頭にも書いたとおり、勉強へのコミットが弱まっていた。

しかし、ここ最近自分がどの方向へ向かっているのか、大方針はぶれていないものの先端がぼやけていたのでモヤモヤしていたし、それもあって勉強に身が入らなかったのかもしれない。

いつのまにかこのブログ始めて以来の超大作になってしまったが、自分の整理のために書いたものであり、もしその思考プロセスを知りたいという読者の方がいれば、その方にお見せすることは一向に構わないというスタンスで書いたこと、ご理解とご容赦いただきたい。


では、一呼吸おいて、勉強再開しますか!!!!!


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2011年11月19日土曜日

泥沼の戦い

久々の更新。

最近は、TOEFL、GMAT、Essay、コンティンジェンシープランとして来年度への繰り越し検討含め、日々混沌の中で過ごしている。

まずTOEFL。先日16回目と17回目を受験してきたが、ここに来てなんと88点と77点という直滑降スコアをたたき出し、見るも無残な結果。

GMATもYESに通う回数が減った。平日は異動後の業務過多のため封じられたことにより週末に限定されたこと、その肝心な週末もTOEFLや親友結婚式出席などで重なってしまったことによる。結果、最近SCの正答率も下落傾向。Mathは一向に正答率が上がらず、簡単なはずの問題にも回答に時間がかかる。本当に自分の地頭の悪さに溜息が出る状況だ。

EssayはAGOSのTOP校合格コースを受講させてもらっているのものの、まず土台であるTOEFL・GMATのスコアが出ないためか、先方もあまり本気で指導する様子が見られない。

例えば、フルブライトに出願したときに散々話したキャリアビジョンやリーダーシップ発揮のエピソードをコンサルタントがまるっきり忘れていて、「フルブライトの時に話したんですが・・・」と切り出しても「あ、そんな話あったっけ?もう一度説明してよ」という展開になる。

また、リーダーシップを発揮した場面のネタ出しを行っていても「うーん、それじゃあ微妙だな。学生の時のエピソードにしないか?Kelloggのエッセイ課題はその辺をシンプルに聞いてくる質問が多いので、これを土台に書いてみよう」と言われて書き始めたはいいものの、そのエッセイの但し書きに「直近3年のエピソードに限る」と書いてあり、そもそも時間をさかのぼる学生時代の努力はお呼びでないと明言されている。要はクライアントの状況をきちんと分析しないままそれらしいことを言っているに過ぎない、とこちらが感じてしまう状況にある。

なんだか愚痴っぽくなってしまっているが、時間が切羽詰まる中で、全てのピースがごちゃごちゃに絡まってしまい、フォーカスを失い、泥沼にハマっているのが今の状況なのではないかと、心苦しくも思うのである。

そんな中で、当初は2012年夏からの私費留学を想定していたこの重大な方針すら変更しうるような戦略さえ実は仕込んでいる。

それは、2013年夏からの社費留学だ。今までずっと、苦境におかれた企業、頭打ちになった成長を再点火したい企業の力になりたいという想いで、商社から出て事業再生やPE投資のプロ集団に移籍することを考えていた。しかし、足元をよくよく見ると、自分の会社にそのいずれのビジネスも既に存在し、やろうと思えばそのビジョンは実現可能であることも薄々感じていた。

また、新たに異動した部署では子会社に証券会社を保有しており、ここでは他の部署が組成又は出資したファンドを投資家に販売するビジネス、また外資系プレイヤーと組んで不動産投資を行っているため、PE投資や事業再生ファンドが日本の金融市場の中でどういう変遷をたどったのか、その現状はどうなのか、外資系プレイヤーの戦い方など、リアルな情報を手に入れている。

そこで突っ込んだ話を聞いてみると、実際はかなりマーケットとしては存続が危ぶまれており、規模間のあるビジネスをするにはBain Capitalやカーライルなどの欧米系一流ファームか、銀行又は商社の傘下にある和製ファームしかないのだろうということがわかった。

また、外資系ファームは焼畑農業的にマーケットを考えており、日本でそれなりの投資リターンが得られないならあっさり拠点ごと売却するまたは全員解雇して拠点ごと平気で潰すというドライな手段を取りうること、和製ファームに入るなら、傘下の会社にプロパーとして入るより、親会社から出向して入り込んでいかないといいポジションに就けない傾向があるという、いずれの道を選択してもシビアな側面があることもわかった。

そんな中で、私費(=転職)で留学すれば外資PEを中心に考えるだろうし、社費(=今の会社に戻る)で留学すれば傘下のPEを考えるだろうし、それぞれに一長一短あれど、PE産業に関わる道筋はどちらに進もうがあるのだろうという考えに至っている。

つまり、MBA留学に当たっては、私費も社費も関係ない、即ちとにかく行くタイミングで誰がスポンサーになるかは縁で決まるもので、並行して可能性を探ればよいという結論に至ったのである。

長くなったが、こういった考えの変遷から、2012年留学のサイクルには予定通りスコアがきちんと出た場合出願し(=スコアが出なければ今年の受験は見送り)、同時に2013年留学のサイクルには社費出願をすることにした。そして、社費派遣に選ばれないまま出願し合格した場合はすぱっと会社を辞めて私費留学にする予定、というかなりニュートラルな姿勢でいる。

MBA留学への想いは揺るがないが、その意思を日々の勉強に反映させ、結果を出すことがいかに難しいかを痛感し、自分の頭脳力が情けないほど冴えないことに辟易とし、最近現実逃避すらしかけているが、これではいけないのだということだけは嫌というほど分っている。

ここ数カ月のエントリーが言い訳っぽくなっているのを見返して、ほんと自分はだめなやつだなぁと思うばかりだが、この苦労の先には必ずや成長機会と刺激にあふれた世界が待っているのだと鼓舞しながら、くじけそうな自分に打ち勝つしか打つ手はないのだろう。

負け戦が続く中での悪あがきとして、明日はTOEFL@横浜駅西口を受験する。もう18回目だ。受験回数を数えてみて溜息が出たが、仕方ない、やるしかない。そして次々週の12月1日にはGMAT2回目の受験だ。

準備は正直はかどっていない。だが、ここでテストを受けることすら逃げたら、そのままもっと遠くへ逃げて行ってしまいそうな気がして、受けている。

しみったれな自分ではあるが、目の前の課題に正面から向き合い、ボコボコにされても逃げずにいたい。




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2011年7月1日金曜日

AXIOMセミナー 「20代、自分らしいキャリアの選択!」

面白そうな講演会があったので、転記。

ちなみに、古賀氏筆者の大学の先輩であり(といっても全く面識なし)、テラモーターは大学時代からの友人が勤めている会社であったりと、何かと縁を感じるので、ぜひ出席したいところだ。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃AXIOM     アクシアム キャリアフォーラム
┃CAREER    「20代、自分らしいキャリアの選択!」
┃FORUM     http://www.axiom.co.jp/event/frm110709/index.html
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 こんにちは!アクシアム イベント事務局です。

 アクシアムでは来る7月9日(土)に赤坂アークヒルズにて、20代の方に限定
 したキャリアフォーラムを開催します。

 今回はテーマを20代のキャリアに絞り、MBAの価値や意味、グローバルな
 キャリア、そして、世界に通用する人や企業について、あるいは起業家の
 条件など、20代の方々の可能性について、第一線でご活躍中のお二人の
 MBAホルダーをお招きし、熱く語っていただきます。

 この大きな変化の時代に、自分らしくキャリアを創るには、何が必要なのか、
 何をすべきなのか等、これからのあなた自身のキャリアについて、
 考えていただくためのフォーラムとなっております。

 選ばれる時代から、選ぶ時代に変ったことを感じていただくための
 フォーラムです。

 ご講演者のお二人には、大変お忙しい中にもかかわらず、貴重なお時間を
 頂戴いたしました。

 皆様奮ってご参加ください。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃ご講演者・パネリスト 略歴
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 古賀 洋吉(こが ようきち)氏
 ───────────────────────────────────
 1975年東京生まれ。東京育ち。現在はボストン在住。
 明治大学在学中に、オレゴン大学コンピュータ・サイエンス学部の交換留学
 を経験、さらにEメールマーケティングベンチャー企業アルトビジョンの創
 業メンバーとして、システム開発・プロダクトマネジメント・営業・提携交
 渉といった幅広い分野に貢献する。
 新卒でアクセンチュアの戦略部門に入社し、多くの大手IT企業の全社戦略、
 新規事業戦略立案を行う。2008年にHarvard Business Schoolを卒業後、現
 在はボストンのベンチャーキャピタルであるGlobespan Capital Partnersの
 アジア・ビジネス開発担当ディレクターと、カーシェアリング最大手である
 Zipcarのグローバル戦略顧問を兼任。
 ブログやTwitterでは、その歯に衣着せぬ鋭い視点と、柔らかな語り口、や
 さしさとユーモアのあふれるコメントで、人気を集める。趣味は人生。生き
 がいは、絵画やプログラミング、ベンチャー育成などの「何かをクリエイト
 すること」。2児の父。


 徳重 徹(とくしげ とおる)
 ───────────────────────────────────
 1970年1月山口県出身。1988年山口県立柳井高校卒業。
 1994年九州大学工学部応用化学科卒業後、住友海上保険株式会社入社。
 2000年サンダーバード国際経営大学院にてMBA取得後、シリコンバレーのイ
 ンキュベーション企業であるBusiness Cafe, Inc.代表として IT・技術ベン
 チャーのハンズオン支援を実行。

 2010年、テラモーターズ株式会社 を起業、代表取締役就任。Terraというラ
 テン語で地球を意味する社名のとおり、明日の地球をになうビジネス事業で
 あるとともに、日本発の世界的ベンチャーの創出をめざしている。
 「快適コミューターの世界標準」として開発された電動バイク"SEED"など
 が震災後さらに注目を浴びている。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃開催概要
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 日時: 2011年7月9日(土)14:00~16:30(開場13:30)
 会場: 赤坂アークヒルズWEST 12階 リージャス 伊勢
 参加費: 無料
 定員: 50名限定(応募者多数の場合には抽選とさせていただきます。)
 参加資格: 20代限定。MBAを目指す方、海外に挑戦したい方、
       起業を考えている方、次世代リーダーを目指している方。
       (学生可、職務経験は不問。)
       ※お申込み時に必ず、古賀様、徳重様宛てにご質問や
        メッセージをお書き添えください。

 応募締切: 2011年7月4日(月)20時
 参加票送付日: 2011年7月5日(火)

 ※抽選結果はお申込みいただいた方全員にお届けいたします。

 主催: 株式会社アクシアム
 協力: NPO法人MBA no WA

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃お申込み方法
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 下記URLより、必要事項をご記入の上、お申込みください。

 http://www.axiom.co.jp/event/frm110709/index.html

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃本イベントに関するお問い合わせ先
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

株式会社アクシアム イベント事務局
Tel: 03-3560-8454 E-mail: event@axiom.co.jp
〒107-0052 東京都港区赤坂1-14-5 アークヒルズエグゼクティブタワー

2011年6月4日土曜日

フルブライト奨学生へのインタビュー(3/3)

シリーズで書き連ねたインタビュー、結構な分量だった。アプリカントの皆さんには、参考になったなら幸い。

シリーズ最終回は、フルブライトから派生して様々なトピックについて聞いたことを、ランダムにリストしたもの。

来年出願される方は特に、この辺の情報を押さえて来年に臨むことをお勧めする。(自分も来年に出願が遅れないように、今年結果を出すべくがんばろうっと・・・)





・エッセイのポイントは?

日本人のエッセイの傾向として、「ありきたり」と「極端なケースに走る」というのがある。つまり、当たり障りないエッセイで「卒業後はGSかマッキンゼーにいきたい」と既定路線内の未来を語る、またはポストMBAはあたかもスーパーマンになって「クリーンテックのbillion級のファンドを立ち上げる」など実現が疑われる未来を語る、などのエッセイが見られるという傾向である。

味気ないエッセイはひねりを加えるべきだし、ひねりのないエッセイしか書けないのならそもそも目的感が曖昧で、留学自体について考えが浅いため時期尚早である。バラ色の未来を語ってしまう人は地に足のついたプランを考え直してほしい。結局、何をやりたいかを、現実感のある範囲内で大きく語るのが大事。


・他の奨学金へは出願したか。どの奨学金を志願した方がいいか。


フルブライトとロータリーを出願し、両方とも合格した。他に日本の奨学金関連団体では記念財団や伊藤財団等もあるが、フルブライトやロータリーの様なグローバルかつ歴史ある奨学金制度の方が当然制度自体が整っているし、在校中や卒業後のネットワーク形成の観点から魅力度が高い。

お金に困っているなら形振り構わず出願してもよいが、(筆者がTOEFLのスコアが芳しくない状況を踏まえて)まずスコアメイクしないと話にならないので、それが疎かにならないためにも、絞ってもいいと思う。絞るならフルブライトとロータリーを勧める。


・ロータリー出願のポイントは?


ロータリー財団が主催するイベントにまず参加するべき。ロータリー合格のコツは、いかにロータリー財団にコミットをしてきたか、今後もコミットするかを示すことにある。財団のことを調べ上げて、コミット感を演出してほしい。

また、ロータリーは都道府県ごとにブロック分けされており、それぞれのブロックは地元のタクシー会社の社長や地主など、日本のコテコテなおじさん達によって運営されているため、都心の一流企業に勤める若造が高飛車に「日本はダメだ!アメリカのTop MBAに行って、日本を変えてやるぜ!」みたいなトーンで行くと間違いなく拒絶される。腰低く日本的な価値観の延長で物事を話し他方がよい。


・自分はポストMBAの生業として、所謂事業再生(ターンアラウンド)にフォーカスしていきたいと考えている。具体的には、今いる総合商社で事業投資を深堀する、PEに移る、事業再生に特化したコンサル等に移るなど検討している。留学中も、事業再生(ターンアラウンド)は一つのキーワードになると思う。参考文献があるかという観点も含め、事業再生を研究計画のテーマとするにふさわしいか?

全然良いと思う。アメリカは事業再生についてはかなりの先進国家との認識。PE産業も既に洗練されている。また、日米比較という観点からは、絶好の話題。なぜなら、日本におけるPE産業は未発達で、課題が山積みだからだ。大きな案件は政府からもたらされる場合が多いが、日本では政府は大企業ががっちり固めている。

機関投資家が保守的すぎて新たな金融プレイヤーにリスクを張らない、ターンアラウンドマネージャーが育っていない(産業が未発達だから当然)、など考えられる理由はいくつもあるが、とにかく課題が多いからこそ、これを研究するためにその分野の先進国であるアメリカへ行きたい、研究の後帰国した暁には実ビジネスを通して産業発展に寄与したい、という説明にすれば十分リーズナブル。事業再生という言葉自体に社会的ミッションの色彩が含まれており、テクニカルに言えば「響きも良い」トピックだ。

また、今の会社を絡めるなら、日本の産業に全方位的に深く根ざしている商社のアドバンテージを生かして、長期間腰を据えて企業を成長させていきたい、という風にストーリーを展開してもよいだろう。また、日本だけではなく、今後海外への事業投資を強めていくなかで、今の延長線上のスキルでは不足しているため、海外Biz Schoolへ行って力をつけるという話し方もあると思う。


・学生ローンの金利はどの程度か?


8%程度。テクニカル論だが、円高のうちに日系金融機関から円借入をかき集めドル転させた方がよいかもしれない。クレジットカードをたくさん作るなど円借入の調達手段はいくらでもある。


・フルブライトの面接はどういう形式か?

先方10人対出願者1人。最初は圧倒されるが、フレンドリーに話してくれるので然程緊張しない。日米人半分ずつくらい。面接の時までには当然TOEFLハイスコアの取得は済ませておくべき。発音がいいと相手の印象が全く変わるので、意識してトレーニングしてほしい。


・どのBiz Schoolでもケーススタディはオリジナルか?

HBSがつくったケースが主流。ケース作成も簡単ではないので、どのBSも授業で扱うケーススタディの半分程度はHBSが作成したものを利用していると思う。





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2011年5月4日水曜日

ターンアラウンド(事業再生)の現場

フルブライト奨学金の予備計画書の土台として、将来のキャリアゴールにおいている「ターンアラウンド(事業再生)」に関する本を、GWの時間を使って手当たり次第読んでいる。

そこで、面白い本に出会ったので、紹介しておく。


「事業再生コンサルタント」の(日本では「ターンアラウンドマネージメント会社」という定義がないためこのように呼ばれる)アリックスパートナーズが出版している。

経営難から民事再生法にまで陥る会社をどのようにターンアラウンド(事業再生)するのかを、小説風に書いたもので、内容がイメージしやすく、実務面が丁寧に書かれているので、仕事がどのように進んでいるかとらえやすかった。

2011年5月3日火曜日

PE投資とVC投資

自分のブログの質向上のために、MBA留学ブログのリンクを集めていたところ、HBS2年生のブログを発見した。

この在校生はVCやPEに興味があり、双方でのインターン経験もあることから、その比較や特徴をわかりやすく書いていたので、PEをポストMBAキャリアの一つとして考えている自分は、なるほどと思いながら拝見した。

興味ある方は以下2つの記事をご覧あれ。


2011年3月27日日曜日

Bain capital インタビュー

今日はMBA留学中の会社元先輩とSkypeで話し、いろいろと有意義な時間となった。

そこでキャリア形成の話も出て、自分が事業再生(ターンアラウンド)に従事していきたいことを話すと、Bain capitalが書いた本があるというので、読んでみるといい、と勧められた。

Amazonで調べてみたところこれが見つかった。

また、その本を探す過程でBain capital日本法人の社長である堀氏とExecutive vice presidentである矢原氏のインタビューを発見した。

非常に興味深い内容だったので、PEに興味ある方は是非ご覧あれ。

そういえば昨年、私費留学生を対象としたセミナーがあり、そこで堀氏のプレゼンに感銘を受けたことを懐かしく思い出した。もうあれから1年が経とうとしている。

今年の秋冬の出願に向け、はやくスコアを出さなければ・・・
もどかしいところである。

2010年6月13日日曜日

海外大学院合格者ジョブフェア潜入レポート

先日、転職エージェントのアクシアムが主催する「海外大学院合格者ジョ ブフェア」なるものに参加してきた。

まず、合格者という時点で明からさまに自分の身分では参加NGだ。

だけど、 なぜ参加できたのか、読者の方は気になるのではないか?

答えは簡単。申し込みフォームを適当に書いて、潜入参加である。(倫理上問題あり なのは知っていたが、ごめんなさい。)

しかし、これは冷やかしで参加したのではない。

自分の場合は、MBA留学に合格次 第直ぐに渡米(USのMBAが基本路線)する、というのが第一優先事項であるため、社費をapplyできる諸条件や社内試験突破などの条件が揃っていれば それを活用させてもらうだろうが、そうでなければ会社を辞めて留学するつもりだ。

となると、今いる会社を辞めて、それ以上に納得いく環境 がMBA留学後に待っているか、を事前調査する必要がある。MBAはあくまで職業訓練場であり、その後のリアルビジネスで戦うことがより重要であるため、 MBAという目先の目標だけで突っ走るのは危険、との考えが根底にある。

自分自身にきちんとリーズニングしておく為には、想像の世界で 「MBA取得後は外資系のカッコいい企業が待っているに違いない」なんてことをほざくのでなく、実データで、どういった企業が、どの様なポストを、どの程 度の待遇で用意しているかを掴んでおくべき。

以上の考えから、Post MBAの転職セミナーの様なものはないのか、とリサーチしていた ら、海外大学院合格者ジョブフェアに辿り着いたのである。

しかし、明からさまな問題は「合格者」が対象であること。参加企業の人事側から 物事考えたら、当然だ。アプリカントはMBA人材になるのかわからないので、呼んでしまったら、費用対効果薄れるわ、場所はとるわ、コンセプトはぶれるわ で、いない方が俄然良い。しかしアプリカント(というか、一個人のエゴ)からすると、将来のJob opportunityがいかがなものか、見ておきたいという見方もある。

ということで、「合格者じゃなくても、ええじゃないか!!」と いうノリで強引に参加することにした。

フォームを見たら、「身分を確認できない場合は参加をお断りします」的なことが書いてあったので、 ここで正直に「アプリカントだけど参加させてよ」なんて書いたらRejectされると思い、仕方なく(ここ強調)、UCLAとか書いて 参加票をゲットすることとなった。

また、このイベントに参加したいもう一つの大きな動機は、ベインキャピタルの堀新太郎氏が1時間程度でゲストスピー チをすると知ったからだ。

今考えているPost MBAの業界として最も有力なのが、PEファームである。

現在、商社で 「事業投資」と呼ばれるスタイルの投資をする部署で働いている。

学生の頃、いきり立って学生で立ち上げた学生向け広報媒体を売るNPO法 人を、法人化しようとした。あまりに無謀だったので結局つぶれたのだが、その時の教訓は、「何も世の中を知らず、腹から湧き出る強い意志もなく、勢いだけ で作った会社は潰れる」ということであった。

企業のトップを張り、事業を自ら組み立てて世の中に貢献していく、こんな自分になりたいと熱 く語ることはあった。
だが、熱く語っても、「じゃ、その事業ってのは何?」「世の中にどう貢献していく?」というのが、正直定まっていなかった。 その「事業」とは何か、については、幸運な人は15歳で偶然見つけるかもしれないし、10年間探し続けて40歳で見つける人もいるかもしれない。或いは探 さないから一生見つからない人だっているはずだ。
こと自分に関しては、抽象論では先のように語れたが、真に定まっていなかったので、企業のトップ を張るにせよ、その企業を育てていく投資家になるにせよ、双方の視点で仕事が出来る「事業投資」というものをやっている商社を選んだ。そして実際、まさに それを手掛ける部署に配属された。

働いて3年、いろんな意味で、商社が言っている「事業投資」の実力、実態、その仕組みが見えてきた。非 常に意味があった3年だ。

MBA留学を考える中で考えた。MBA後は、事業投資で学んだ「投資」と「事業経営」から得たノウハウを活用し て起業するか?
いや、まだ真に腹の底から湧いてくる使命感、それを具体的にぶつける事業が自分の中で定まっていない。では、起業はまだ無理だ。故 に引き続き「投資」と「事業経営」を両輪で手掛けられる仕事をしよう。では、商社で事業投資をやっていて、それを極められるか?理由はあまり具体的には書 けないが、Yesと断言はできない。ならば、より「投資」と「事業経営」を掘り下げて手掛けられる場所はないか?そこで考えが至ったのがPEファームで あった。

実際その道の人間ではないからイメージの世界に留まっているが、PEファームは非上場起業に投資し、上場企業ではできないドラス ティックな経営改革や、成長戦略を打つことで、3~10年程かけて収益性や規模を刷新し、次なるステージへ進ませ、最後に株式を売却することで、案件に よっては莫大な収益を獲得するビジネスモデルである、と認識している。

投資期間が通常3~10年(だと思っている)程と期間が定められて おり、経営に深くコミットし企業をRestructuring(単なる首切りのリストラではない)する、というのは、まさに事業経営の本質を突いているの ではないか、と思っている。

PEファームの中でも、その筋の人に聞くと「ベインキャピタルは別格」というのを耳にし、興味があった。その 社長が講演するとあって、これは絶好の機会と思った。




話は大きく脱線してしまったが、当日は若干の罪悪感と期待 を胸に、土曜の朝10時から参加したわけであった。

まず驚いたのが、参加者の少なさ。50人強ほどであったと記憶している。
単に アクシアムのセミナーに人が集まっていなかったのかもしれないが、年々MBA受験者が減少しているとのことであった。
この理由として、若者の海外 志向が低下している、安定志向が強まっている、と自分は考えており、後者は人の価値観なのであまり口出しできないが、前者については危惧されるべき日本の 課題であると思う。ここでまた脱線すると、何のEntryかわからなくなるので、先に進むとする。

セミナーはまず堀氏のスピーチ。洗練さ れた話振りで、その内容には非常に共感した。堀氏のキャリア、マネジメントに求められる資質、ベインキャピタルの投資Philosophyなど、幅広い テーマで、MBA留学云々より、話自体が興味深かった。

次いで、2つの会場を使って、片方では20分間交代でひたすら企業がプレゼンし、 もう片方では各企業個別ブースで会話をする、という仕立てだった。

自分はあまりの罪悪感に苛まれたので、アクシアムの偉そうな人に話しか け、詫びと事情説明をしたところ、苦笑いしながらも、プレゼンのオブザーバーならOK、と許可をもらえたので、プレゼンを夕方17時までひたすら聞き続け た。

企業はリンクの通りで、 製造業が多かった。
アクシアムがたまたま外資系製造業との取引が多いためか、金融・コンサルが人を絞っていて求人機会が少ないのか、理由は定かで はない。

プレゼンの性質は各社まちまちだったが、やはり製造業だけあって、MBA取得者にはMarketingのPositionを短期 的には求めている様に伺えた。
また、企業によっては、MBA取得者を幹部候補生として迎えるところもあり、2つの話をCombineすると、 Marketing Manegerとして向こう数年間働き、Leadershipを発揮できる人材をSeneior Managementとして活用していく、というところだろう。

PEファームではベインキャピタルだけだったので、午前中の堀氏のスピー チのみだった。



と、潜入レポートはこんなところだ。

やはり、イメージでどこまでも把握しようとするのは 危険で、具体的なこうした機会に身を投じ、具体的な企業名を見た上で、彼らの話を聞き、何を求めているのかを探れたのは良かった。

MBA 後はバラ色の転職機会があると錯覚する人は、(自分も含めて)多いが、現実を見ると、単なるインフレに過ぎないことがわかり、MBA留学に懸ける熱い想い と相殺されて丁度いい具合になる。今回、自分には目先で興味がある企業はベインキャピタルのみであったが、興味があるPEファームだけに突っ走ると、それ はそれで問題になるので、先ずはPost MBAを全体的に捉えるとこういったJob Opportunitiesがある、というのを探る機会としては、投資した時間に見合う内容であった。




以下、堀 氏のスピーチで非常に印象的だった話を、複数記録しておきたい。

「マネジメント(被権限委譲者)が為すきべきは、権限の行使でなく、貢献 への責任を持つことだ」

これは非常に含蓄のある言葉である。役職が上がるにつれ、権限が増えていく。「昇進=行使 できる権限の拡大」と勘違いする人間は非常に多いが、権限の行使によって表面的な組織の行動は縛れても、成長していく活気ある組織は作れない。トップ自ら が顧客の為、部下の為、上司の為、組織全体の為に貢献することを確固たる責任感のもとコミットすると、周囲はそれに呼応して士気が高まる。成功したマネジ メントには、共通してこれが見られる、と堀氏は言っていた。

「企業収益の源泉は、成長である」

これもまた 印象深い一言である。同じ収益でも、既得権益に守られた収益と、新たな価値を生み出したことにより得られた収益は全く違う。世の中の進歩に貢献するために は、既存の収益に依拠するのみならず(これを否定する訳ではない)、新たな価値及び成長から生み出された収益で世界にドライブをかけていく必要がある、と の話だった。

「ベインキャピタルが投資するとき、案件担当パートナーは自己勘定で投資額の10%以上を保有する」

シ ビれる投資スタイルだ。自分の生活かかっているか否かで、責任感と危機感がまるで違うと思う。外資系の投資会社ならまだしも、日系企業でサラリーマンとし て投資・経営に携わっていても、まず自分の生活が脅かされることはない。真に投資に責任を持つためには、仕事が自己の利害が一致しているべきであり、これ を理解しているベインキャピタルは半歩どころか2歩くらい進んだPEファームであると理解した。


さて、このブログ立ち上げ以来、 一度も受験勉強に関するEntryを書いていないことが気に掛かっているので、次回はTOEFL勉強の進捗状況を書いてみようと思う。