2015年夏(Class of 2017)からの米国MBA留学を目指す、某仕事人の軌跡

2010年10月2日土曜日

東海岸へ向け出発!!

というわけで、もう1時間もすれば出発だ。
準備期間約1ヶ月半、5月連休時に計画し断念したが、その時の準備時間も考慮すると、およそ2カ月半ほどか。結果的には、昨年9月の行き当たりばったり西海岸ビジットと比較にならないほどオーガナイズされたビジット計画となった。

このアレンジプロセスは履歴として価値があるかと思うので、改めて投稿しよう。

では、まずはニューアークへ向かって、出発だ!!


2-Oct 16:35 成田第1南 NYC行き
16:30 ニューアーク 到着




3-Oct 9:30 メトロポリタン 美術館観光
12:30 セントラルパーク 含む昼食
13:45 Penn St31th Philly行き(Megabus)
15:45 8th, 30th St station Philly着、徒歩で独立公園観光
4-Oct 8:40 アドミ@Wharton ビジットのRegister
9:00 教室 聴講(~10:20)
10:30 教室 聴講(~11:50)
12:00 キャンパス Campus tour & Lunch with student(~13:20)
13:30 教室 聴講(~14:50)
15:00 教室 Info session(~15:30で途中退室)
15:30 キャンパス内 旧友と再会
16:30 GSR262 在校生とCoffee chat
18:30 キャンパス発 空港行き
20:30 Philadelphia Intl. Boston行き(UNITED 1767)
21:45 Logan Intl 到着
5-Oct 8:40 HBS教室 聴講(Technology & operation~10:00)
10:20 教室 聴講(Finance~11:40)








15:00 Kennedy校 Kennedy校在校生と面談
16:00 教室 聴講HKS仮(~17:20)
19:30 TBD 夕食with在校生
6-Oct 8:30 MIT在校生宅 Breakfast meeting
9:55 TBA 在校生待ち合わせ
10:00 MIT教室 聴講(Industrial Economics for Strategic Decisions~11:30)
12:00 キャンパス Campus tour & Lunch with student(~13:20)
13:00 教室 聴講(Introduction to System Dynamics~14:30)
14:30 教室 聴講(Advanced Corporate Finance~16:00)
16:00 解散
17:30 キャンパス発 空港行き
19:25 Logan Intl. Chicago行き(AA1081)
21:00 オヘア空港 到着
22:00先輩宅 到着
7-Oct 7:45 アドミ@Chicago 早い者勝ち、授業選択可能
8:30 教室 授業(Strateic Develoment、~10:30)
10:30 教室 Info session(~11:30)
11:45 食堂内 在校生とCoffee chat
12:30 食堂 Lunch with students
13:30 教室 授業(New Venture Strategy、~15:00)
13:30 キャンパス発 Kellogg行き
15:00 アドミ@Kellog Class visit登録(最悪授業開始20分前到着)
15:30 教室 聴講(~17:00)

TBA TBA 先輩と夕食
8-Oct 4:30 先輩宅 出発
7:00 オヘア空港 NYC行き(CO1178)
9:54 ニューアーク 到着(要注意!!乗り継ぎ時間少ない。)
11:00 ニューアーク NRT行き(CO009)

2010年10月1日金曜日

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今日総合商社(他社)の友人と飲んだ。

数々の刺激的な話題が出た中で、印象的だった話をいくつか。

・自分の将来に責任をとってくれる人は他に誰もいない、自分だけである
・自分の置かれている環境ありきで、その環境の延長線上にある未来だけを考えてはいけない
・「ものさし」の大きさは、意識的に大きくしていかなければ、大きくならない。そのものさしが大きければ、大きなものごとを動かす力を得られる
・地頭の良さは少数の天才を除き、おおよそ一緒。頭を使い鍛錬していく意志があるかないかで、将来に歴然とした差が出てくる

それぞれのトピックについて詳しく書きたいところだが、箇条書きに留めておく。

MBAへの道を志している自分には、響く話が多かった。自分の責任で未来を考えた結果、今の環境に縛られることなく道を創り上げていくべきだと思い、MBA受験の決意をした。

ただ走り出す前から、特段優れた学歴を持たない自分が、果たしてハードルを越えるに値する脳味噌があるかと自問し、最後には「積み上げた努力が証明するだろう」と腹を決め、地道に頭を鍛錬し合格を目指している。

こんな状況の自分にとって、今日の話は響いた。今週末からもうビジット。きっとエキサイティングすぎて、えらいテンションが上がると思う。その中で、精神論だけでなく、具体論からもMBA留学実現に向けたステップを踏んで行こうと、改めて思った次第。

2010年9月29日水曜日

東海岸ビジット!!

最近全然更新できていなかった。

この間にいくつもトピックがあったので、近日中にアップしたいが、大きなトピックを一つ。

10月2日~8日まで、東海岸をビジットする。

2日NY観光
3日Philly観光 
4日Wharton
5日HBS&Kennedy(if possible)
6日MIT
7日Chicago & Kellogg
8日帰国便

こんなところ。アレンジは8月中旬から開始し、ほぼ終わった。
スケジュールを作成したが、朝は8時から夜は22時まで、移動を含めびっしり詰まっている。

きっと、あまりに刺激的すぎて一瞬で終わるんだろうな。

アレンジの過程、準備期間は出発日の飛行機待ち時間を使って記録しておきたいところ。

勿論、各校のビジット記録は、詳細にこのブログで紹介したい。

お楽しみあれ。

2010年8月29日日曜日

8/19 MIT説明会@丸の内 と その後。。。

8/19は単に説明会に行っただけでなく、考えさせられる一日だった。

まず、本題のMIT Sloan説明会。

集まったのは、ざっと150人ほど。立ち見が出るほどの満員で、意外とMBAに興味持っている人が多いことに一安心。

さて、内容はというと、アドミからは非常にシンプルなスライドを使ったプレゼンと、学生が製作したというMBAのプロモーションビデオで構成されていた。

アドミからのメッセージは以下。

・1学年あたり300~350人程度
・約半数がInternational
・男女比率は6:4
・Action-oriented かつ Hands-onのカルチャー
・TechのBackgroundが多い
・G-Laboという世界各国でConsulting bizやEntrepreneual bizに4~5人のチームで取り組むプログラムが特徴的
・EssayやResumeはContextベースで書くべし、Listすべからず

次にAlumniからの自己紹介やQA sessionの時間。

Tech系となるとメーカーから社費で来る方が多いのか、卒業後は元の会社に戻っているようだった。
話自体は鮮烈なほどエッジの効いたものはなく、淡々と学校の特徴やMBA取得後のキャリアを話しているとの印象だった。(要はあまり覚えていない)

全体を通して、少なくともこのInfo Sessionからはこれといった衝撃や発見があった訳ではなかった。
MITについては、ビジットしてみないと判断がつかない、というのがこの日の結論。

むしろ説明会終盤のOpen QAとその後のカフェでの話の方がハイライトであった。

まず、改めて自分の英語力の未熟さを痛感したこと。これが1つ目のトピックだ。
アドミに質問しようと思ったが、大した質問も思い浮かばなかったので、「Start-upを考えているが、Boston及びMITでの環境はどうか?」と聞いてみたが、質問していて自分の稚拙な英語にまず幻滅した。

そして、相手が答えたことに一歩踏み込んで追いかけの質問ができないことにも気づき、「聞いて終わり」のコミュニケーションレベルじゃ、まだまだだなと思った。

 次に、自分のキャリアややりたいことの方向性がまだブレているということ。

Why MBA関連のEntryでも書いたが、事業経営と投資を掛け合わせることで事業体や産業そのものを活性化できるとの考えから、それをやりたいと思ってはいる。

簡単にいえばPEファームである。その傍ら、Stanfordに行ってEntrepreneureshipを学び、Start-upもやってみたいとの考えもちらつく。しかし、2つに共通しているのは、「で、その中身のビジネスって、何?」という点にぶちあたってしまうことだと今日よく考えたら気付いた。

型は考えている。投資をして、経営関与をして企業価値を高めて、売却する。Start-upで新しい技術やサービスの仕組みをつくって一旗あげる。どちらも型はまぁ考えていないわけではない。だが、骨抜きなんだなぁ、どちらも。

具体的に、この産業またはこの分野なら、自分の力を発揮できて、世の中にも貢献できる、というSweet Spotを見つけ切れていないから、どこかブレているのだと気付いた。あとはそこに型があればなおいい。

事業経営と投資がいいなんてこのブログでさんざん語っておきながらも、アドミへ「Start-upの環境はどうだ?」と聞いてしまう自分に、自己矛盾を起こしていると気付き、上記に至ったのである。

説明会終了後は、Stanford Info sessionで会った方とその近くに座っていた方でカフェへ。

ここでも面白い話があった。

自分は、能力は別として公共政策とのDual Degreeができたら面白いと思っている。
戦略がなく、路頭に迷う昨今の政治。といっても、それはメディアからの断片的な情報に踊らされた国民の「人気投票」によって選ばれた政治家が起こしている茶番劇でもある。投票する我々も政治に関するリテラシーは乏しく、それらしく言っている人も、大抵テレビで評論家が言っていたことをさも持論かのごとく語っていたりする。

真に国の将来を考えるならば、国の統計を自分で読み、政党の政策を自分の頭で理解し、政治リテラシーをもった市民と議論し、ようやくもっともらしい意見が出てくるのだと考えている。

そうした、「市民レベルで政治を語れる社会」にならなければ、日本の政治はいつまでたってもダメなのではないか。こう考えている。政治家を叩く前に、自分の足元を見よ、ということだ。

翻って、市民ですべきことは何か。まず、政治をきちんと勉強することである。であるならば、いきなり公共政策の大学院へ行くという解に達するには飛躍してはいるが、きちんと教育機関で政治を学ぶことは意味があるのではないか、こう考えがいたったことから、MBAでビジネスを勉強するとともに、一市民として政治も勉強してみたいという結論に至ったのだ。

前置きは長くなったが、この話を、Stanfordで会ってこの日もお茶をした経産省の方に吹聴してみた。
彼のリアクションは公共政策を仕事としているプロから見た面白いものであった。

まず、そもそも公共政策を学問とすることに意味を見いだせていない、と。

なぜなら、個別事情によって政策はいくらでも変わりえるし、数十年単位で行った政策が結果的にどうだったか振り返られるだけなので、ケーススタディなどで成功例なるものを学んだとしても、それを応用するのは実質的に無理なのではないか、と彼は論じていた。また、政治は金だけでは解決できない世界があり、こういった攪乱項を含めると、合理的な解釈ができないことがむしろ多く、体系化しにくいため学問として成立しないとの見方が彼の主張だった。

それに比べ、ビジネスは基本的には経済合理性に基づいて動いているため、経済的にWorkするものは基本的に実行されるし、そのMethodがモデル化されて、他で応用されることもある。その為、体系化して学ぶことが可能な領域なのだと言っていた。

ビジネスの世界でも経済合理性で動いていない(もしくは経済合理性があるように強引に納得する)面もあるのは仕事をしていても感じるが、確かに、あからさまに損するビジネスが、この世界では淘汰されゆく運命にあるのは真だ。

この会話で、公共政策はもういーらない、と判断するにはあまりにも拙速であるが、公共政策を生業としている方の一意見として、これは貴重であった。

帰り道、こんなことを頭の中でぼんやりぐるぐる考えていたら、こんがらがってきてしまったので、整理のためにも、Entryにぶつけてみた。(なんか、すっきりしてきた。)

何はともあれ、英語力をつけないことには、留学は実現しないし、仮にテストテクで乗り切ったとしても肝心の留学後に多くのチャンスを逃すだろう。

「自分は純日本人だから・・・」とか「帰国子女じゃないし・・・」

なんて言ったらダメだ。

やるしかないんだよ、やるしか。Just Do Itの世界ですよ。

そしてキャリア。これも型を学ぼうとしているのはいいんだけど、型なら型で、いつまで型でビジネスするのか、型の力を磨きながらもどの具体的ビジネスで戦っていくのかを同時並行で考える、こうこなくてはいけない。

型で一生食っていくというのも、一つの「具体的ビジネス」かもしれない。それならそれでいい。
ただ、「まずは型を身につけて、次には具体的に・・・なビジネスを」と言えるようになるのを目指しているならば、それをきちんと追求しなくてはいけない。数か月前に、Mixiでも同じことを書いた気がする。要はまだビジョンを明確に描き切れていない状態が依然続いているということなんだな。

と、書きながら自分を分析してみる。

なんだかさっきまでもやもやしていたが、やはり書いてみると落ち着くところに落ち着くのだなぁ。
勝手に納得してみたが、こうして折に触れ似たような円を描きながら、らせん状に上昇していければいいと思う。

さて、今日はこんなところにしておくか。

2010年8月20日金曜日

8/14 Stanford GSB 説明会@六本木

やはり、Stanford GSBは、してやってくれた。

MBA留学を志すきっかけをくれたのも、Stanford GSBだった。

この日は改めて、MBA留学、そして特にStanford GSBへ行きたいという気持ちに火をつけてくれた。

まず説明会の始まりは、Steve Jobsの伝説のスピーチの抜粋からであった。



いくつかのMBA説明会に足を運んだが、Stanford GSBの説明会の独特な雰囲気は他のそれにはないものだった。

変化と進化を真に求めている。CompetitiveとCorperativeが融合された校風を持っている。アカデミックな部分にきちんと重きを置いている。そして、シリコンバレーとのアクセスが豊富で起業家を輩出するメッカである。

これらは、こうして書いてみるとその重みが伝わりきらないかもしれないが、説明会に出たことで、肌から伝わってきた。

特に、多くのスクールでDiversityの重要性が叫ばれているが、これらは通常、円グラフで国籍別、性別、 前職業種別などに分類することをもって説明されているのがほとんどだ。

GSBでは、勿論そういったデータはあるが、それに触れず、それぞれのパーソナリティ、価値観、過去の経験含めどんな人間として成り立っているのか、といった視点におけるDiversityを軸としている様に感じた。そのDiversityを追求した結果、国籍も前職業種も異なっているだけであって、始めから意図的にDiversityありきで人を選んでいないようにも受け取れた。(テクニカルには、アドミッションでDivercityを意図的にコントロールしているだろうが、ここでは本質論の意味で言っている。)

また、留学中の2年間を通して、CompletelyにTansformすると言っていた。これも多くのスクールで語られるがGSBでは、特にEntrepreneurialなMind setや、思いついたBusiness ideaを近くの学生とLaunchしやすい環境があることから行動を起こしやすい人間になる、という意味でTransformするのだと理解した。

最後に、Alumniとの交流タイムがあったが、ここでは面白い人たちと出会った。

まず、Alumni。 おなじみTEDにおける、TED Tokyoの設立者と出会った。彼は在学中にSocial businessの会社を起こし、その後Social businessを支援するNPOであるAshokaに移籍、現在は日本でTED Tokyoの設立者として従事している。

交流タイムはずっと彼と話していたが、流石Entrepreneurとあって、話は興味深かった。

日本はTeamworkを重視し、Hard workを厭わず、Outputの能力が優れている。しかし、リスク回避志向が極端に強く、失敗に対して許容度が低い。そのせいで、組織にリスクをAllocateしようとする働きや、前例に倣ったまわりくどいプロセスが必要となり、素直にやりたいことができず、動きがSlowになる。これがどこでも起きているため、日本経済全体がSlowになっている、と彼は指摘していた。

だが、日本にもリスクを取って自らの事業を思い通りに実行している人間はいて、そういう人間と繋がること、またその考えを理解しうる人を集めて価値観を共有することが大事だと言っていた。TED Talkstが日本でも収録される日があり、またSocial Entrepreneurが集う会らしきものがあるようで、こういうものに声を掛けるよ、と言い名刺交換をしてくれた。

彼との刺激的な会話の後には、15分ほどこの会話を共にしていたアプリカントと名刺交換をした。
この際、経済産業省の方(国費で今年中に受験をするステータス)と話し たが、これまた刺激的で、役所にいる方とは思えない程、Entrepreneurialな発想に対してAcceptableであった。

その心を尋ねたところ、こう答えが返ってきた。

日本経済をSlowにしているのは、変化に対し拒絶的な日本の体質が問題である、と。日本経済を動かす企業を束ね、日本国としての多様なプロジェクトを纏めていくにあたり、新しいものに挑戦しようとすればするほどリスクが発生する。Stanfordの様な場所で、いかにリスクのある挑戦に人を巻き込み実現させていくかが学べれば、そのプロセスを日本に持ち帰り、保守的なプレイヤーをもっと納得感をもって動かせるようになる、と。

なるほど、Entrepreneurからは程遠い政府機関であっても、こうした観点を得るためにB-Schoolに来るのか、と感心しながら話を伺った。

この後も意気投合し、帰りの電車の中でも、経産省が6月18日に発表した新成長戦略についての話題があり、日本がインフラをパッケージにして輸出することについて、自分からは日本企業のみにこだわるのでなく、例えば韓国も巻き込み、プロジェクト自体の質が上がれば良しとする発想を持つべきだ、と提案したりと、あっという間に時間が過ぎた。

School、Alumni、そこを目指すApplicant、やはり何かを自ら企てる人は、集まるところに集まってくるのだと再確認し、経産省の方との時間を後にした。

こうした有意義な時間を通して、MBA留学を志して良かったと思うとともに、ここへ行くために勉強に励もうというモチベーションが高まった。

このプロセス一つ一つが大事なのだ。この積み重ねが1年後の受験で結実するよう、地道に勉強し英語力を高めていこう。

2010年8月15日日曜日

Writing for the TOEFL iBT (Barron's) 終了

7月26日のEntryに書いた通り、英単語の習得を一通り終えてから、Writing for the TOEFL iBT (Barron's)に着手してきたが、今日制覇したので、記録までに書いておく。



最近MBA関連イベントや学校説明会で予備校組のアプリカントらにWritingの授業内容を尋ねると、決まって「テンプレートを教えてくれるから、それを覚えれば授業はいらない」と返事が返ってくることがよくある。

”The author casts doubt upon...” とか単語暗記に近いようなフレーズを大量に提供してくれるのか、文章の骨格づくり(結論→パラグラフ1→パラグラフ2→パラグラフ3→結論再度)を教えてくれるのか、どの辺を指して「テンプレート」と呼んでいるのかわからない。

Barron'sのこのテキストを一通りやったが、文章の骨格づくりを丁寧に訓練して身につけられるようになっていて、一冊を終える最後の課題では、演習問題不足から時間配分には手こずるものの、それらしいエッセイが書けるようになっており、一定の手ごたえは得られた。

文法や英語表現が適切かをチェックしてくれる人がいないのが独学の辛いところではあるが、これは普段からの英語Input / Output量を増やすことで、自然に英語力をつけて乗り越えるしかないのだと思う。

まだ今のレベルでは、ReadingとListningの対比ポイントを落としてしまったり、 Barron'sで再三説かれている「与えられた時間の最初5分は構成に使い、最後の5分は見直しに使う」の見直し部分に届かないうちにタイムアップとなってしまう、といった弱点は残っている。

これは問題演習の数をこなして、論点を押さえる精度と書くスピードの双方を鍛えたい。

さて、Writingの基礎力形成ができた次には、鬼門Speakingに着手することにする。

自分は、TOEFLの勉強ステップは以下の様に踏むべきだと考えている。

Readingでは読み取る力、Listeningでは聞き取る力、と言わばPassiveな英語力をまずは身につける。次にこれをProactiveに「組み立てる」フェーズ、つまりWritingが次に着手すべき科目。ここでは読みと聞きで得られた情報を「書き」という冷静に考えながら文章を組み立てる英語力を身につける。そして最後に、読みと聞きから得られた情報を「話し」というリアルタイムに文章を組み立てる英語を身につける。

なので、自分の中でSpeakingとは、Writingの能力がある程度身に付いていれば、これをリアルタイムで口から発するのみで点数が取れるのではないかと考えている。ただし、その口から発するのが日本人にとってはものすごく下手なのでハードルが高く見えるのだが・・・。

Speakingの基礎力作りを終えたら、次はテストを一回受けて、実力がどの程度あるかを測ってみようと思う。10月には有給をとって東海岸をビジットすることとした。できればそこまでに最初のTOEFLスコアが出るようなスケジュール感で、勉強を進めていきたい。

2010年8月8日日曜日

Wharton Alumniによる非公式説明会@東京

いやー夏っすね!!

とテンション高めにスタートしてみた。だって夏だもん。

天気が良すぎて、PCと英語教材にかじりついていることが精神的な不健康さをもたらしているのではないかと弱い気持ちになりつつあったここ最近。

Wharton説明会があり行ってきたが、充実した内容だった。

ちょうど最近の勉強状況が、Writingを本格着手して苦戦しているので、Independent taskの練習も兼ねて、英語で感想を記載してみた。

英語力の程度がばれてしまい恥ずかしい面もあるが、良くも悪くもこれが今の実力であるので、定点観測の意味も込めて、敢えて投稿することにした。

Yesterday, I attended information session of Wharton business school at Marunouchi. The contents were very interesting to me. My image toward to Wharton was changed by the alumni. For example, I had described Wharton’s culture as stiff and dry, based on financial back ground. The alumni, however, did not behave as I expected; communicated closely each other, articulated their “Why MBA?” with passion, and infused themselves eager for respective way of business.

Another observation was that Wharton has cooperative culture, which is rarely found around East Coast. HBS is famous for “UP or OUT culture” such as dismissing 10 % of candidates who get lower grades during a year. HBS students are bellicose and disputatious, and the atmosphere makes the students less cooperative. This is the typical story found at East Coast, but Wharton, in my opinion, was not the case.

Meeting alumni was very informative. They provided me with information relating application process, interview tips, and specific business perspective. To clarify the latest one as “specific business perspective”, I tell you a story. I work for so called Sogo-Shosha, started from trading company and now operates thousands of businesses as a multi-sector investor, and I affiliated to financial department. As I has engaged to the strategic investment projects for three years, I would like to brush up my skills both finance and administration perspective. I believe that the best places would be Private Equity funds or Venture Capital so as to improve both finance and administration skills. At this moment, I am considering about transferring to PE or VC after graduation of B-School. So, I was searching alumni who had back ground or are working for the industry.

Fortunately, I met with an alumni, working for Japan branch of Advent International, a global and named PE player. He taught me PE market overview in Japan. According to him, almost all the player face setback because the market at here is immature right now and it is difficult to find companies to be invested in. In addition, he described about Advent International as having value-adding mind set, and connecting with global branches. He also advised me that although transferring place to work in Japan is tend to be treated as risky and reckless behavior, it would bring us a lot of opportunity and exciting adventure. He said,” There is almost no risk to founder when you are young. Unless you try what you can do at this moment, you would miss it and would look back the decision with remorse in the future.” To me, had determined to quit my job and to study at B-School, his words were so inspiring.

The information session gave me new views ranging from impression of Wharton to my mid-long carrier plan.

2010年7月31日土曜日

コミットと結果

7月28日にMBA友の会主催のビアガーデンパーティに行ってきた。

最近ようやく仕事が落ち着いてきたので、気晴らし半分、夏の誘惑に負けて勉強への姿勢が緩んでいたのでそれに喝を入れたかったのが半分、という位置づけだった。

やっぱり、行って大正解だった。

まず12人の参加者のうち、10人がホルダーの方で、帰国後のキャリアがどんなものか、MBA留学がどう生きているのか、話を伺う中で自然と感じられた。

卒業→戦略系コンサル3年→ エンタメ系大手経営企画&マーケティング
卒業→事業再生ファンド3年→外食業マーケティング統括
卒業→派遣元製薬会社

と、一例をあげるとこのような状況だった。

そして刺さったのが、フルブライト奨学生として留学したとある方の準備中の勉強状況。

平日3時間、週末予備校5時間+自習3時間

すなわち、3時間×平日5日+8時間×週末2日=31時間

という勉強時間の取り方だった。

自分が最近友達からの夏の楽しい誘惑についつい負けてしまい、勉強時間が減っていること、それに喝を入れたいと思い、今日参加していることをその方に話した。

すると、こんな答えが返ってきた。

「遊ぶ時間も楽しいけど、それを我慢して、勉強に充てれば、もっと楽しい留学生活が待っていて、留学から帰ってくると、もっともっと楽しいビジネスフィールドが待っている。勿論気分転換は必要だけど、やっぱり勉強の時間は確保しないとね。僕は週30時間は勉強したなぁ。たぶん、留学を実現した人みんなが通っただろうつらい道だと思うよ。頑張ってね」

つまりは、いくら努力したかで、きれいに結果という形で跳ね返ってくるのだ。

最近、選択はその人の将来をつくる、とつくづく感じる。

朝起きて、ぼんやりテレビを見るという「選択」。通勤中なんとなく聞きなれた音楽を聞くという「選択」
。あぁ、そんなんじゃいかんなと思い帰りの電車では単語帳にかじりつこうという「選択」。

意識的であっても、無意識的であったとしても、全ては自分の意思で「選択」しているのである。

その選択を無意識的に行えば行うほど、結果は中途半端なものになるし、後で振り返った時に何も残らない。逆に意識的に選択を行ってきたならば、無駄がなかったと思えるし、やれるだけやったと納得できる。何か結果も出ているだろう。

そうやって、時間を無駄にするのも、有効にして将来の目標を達成するのも、自分次第なんだなとすごく感じる。

週30時間勉強したその方は、意識的に勉強する時間をつくり、意識的にスコアメイクをして、意識的に留学を実現させたんだと思う。その方を前に、勉強時間を計算してみたら、週13時間程度しか勉強していない自分は、全くもってぬるま湯だと思った。

これでは留学はいつまで経っても実現できないね。甘い。

コミットした分だけ結果が出るのだから、意識的に留学へ向けた勉強の時間をつくり、結果に結び付けていきたい。

2010年7月26日月曜日

単語帳終了

今日でTOEFLテスト英単語3800を一通り終了した。

これで次は纏まった時間でReadingとListningの問題演習を勤行かの如く解き続けると同時に、WritingとSpeakingの練習をこれまた勤行かの如く毎日積み重ねて訓練するステップに移れる。

記憶は簡単に摩耗してしまうので、今まで通り通勤中には単語帳は携帯し、何度も読み返そう。

また、次にはいったん着手して放置してあった英熟語850も制覇する必要がある。これも淡々とこなしておこう。

2010年7月24日土曜日

純バカと準バカが世界を変える

世の中には2つのバカがいると思う。

純バカと準バカ。

純バカは純粋なバカで、いわゆる「イっちゃってるヤツ」である。
誰も思いつかないことを信じてやまず、実行に移してしまう。周りから止められていることすら気づかないこともある。
本人は純粋にアドレナリンが出すぎて、楽しくてやめられないだけだ。

次に、準バカ。この人種は基本的に常識人であり、普段は全く変哲のない世界の住人だ。
しかし誰かバカなやつを見ると、ついつい自分も楽しくなって加わってしまい、結果的にバカなことをできてしまうタイプである。

この2つのバカ以外は、一般人であり、バカなやつを見ると「バカだなぁ」と言って批判してみたり、傍観しているのが通常。

だが、戦時中の日本やドイツに見られるように世界が熱狂して、熱狂している状態が常識になったりすると、バカになるのが普通であると認識し、バカの集団を形成するのである。

得てして起こりうる順序としては、以下だ。

1.純バカが全くもってぶっ飛んだことを始める
2.準バカが純バカを見てインスパイアされ加わり、集団バカを形成する
3.さらに準バカが集結し、もはやバカが普通となり、一般人もバカに加わり、ムーブメントが起こる

人間の集団心理とは、そんなものではないかと思っている。
そんな折、おなじみTEDで面白いネタを見つけた。

それがこれ。





3分間の映像とトークで、人間の集団心理を刻銘に描写しており、笑い半分ながらに感心した。

自分はどの部類の人間かというと、専ら純バカである。

・東京から富士山まで人力(チャリ+徒歩)で往復しようと仲間たちを募り、実行した。
・学生時代の最後に「全国の学生が、学生自身の手で卒業式をつくろう!」と仲間を集め、全国5都市、延べ1000人以上の規模で卒業式を開催した。
・大晦日の日のダイビング中に空気が詰まり瀕死状態になったが、New yearを迎える瞬間のナイトダイブをどうしてもやりたくて、無理やりダイブした。

だって、しょうがないんだもん、やりたくなってしまうんだからさ(笑)

バカは死んでも治らない。死ぬまでバカなのである。

 しかし、時にはバカが世の中に必要なときだってある。
確立されすぎた集団、例えば日本社会という洗練されすぎて、ルールと権力にしばられた巣窟かもしれない。

バカでもいいから、ストレートにこの国を憂い、天下国家を語り、国のあるべき姿を説いていく。
仕事上がりの飲み屋でそんなことを話したら、旅行でドライブ中の仲間たちに話したら、大抵は「バカじゃねぇのかこいつ、空気が読めないのかよ。」と思われるかもしれない。

ただ、こうしたバカが現れたときに、「たしかに、お前の言っていることは一理ある」と誰かが言えば、その空気は一瞬にして変わる。この時、周りにいる人たちは、「この会話をバカと言ったら、自分が空気が読めないやつになるだろう。」と察知する。この瞬間、当初バカだと思われたやつの発言は、重みのある言葉に変わるのだ。TEDの動画で言う、臨界点なのだろう。一人の人間が放った言葉は変わらない。変わったのは、周囲の人間という集団の「風向き」である。この風向きを変える風見鶏が「準バカ」なのだ。

自分は専らの純バカだ。最近目指す先への努力を重ねているから、目立ったバカはしていないが、根っこは変わらない。だから純バカで居続けると思う。

見えていなかった存在は「準バカ」だ。感覚的には、掴んでいたと思う。いつも自分がバカなことを思いついたら、まずは信頼できる仲間、一緒にバカやってくれそうな仲間を口説くことから始めた。

一緒にとことんバカをやってくれる仲間が集まった。濃すぎる思い出がいくつもできた。一緒にいた期間の長さなんて関係ない。一緒に過ごした時間の密度が、途切れない絆を作ってくれた。

だから、今でも、これからもその絆は消えないと思っている。

ふと、TEDの動画を見ていて、先陣切って踊っているやつみたいに、バカやっていないなーと思い、「また久々にバカやりてぇな!」なんてぼやいたりしたが、それ以上に、自分みたいに純バカが先陣切ってバカやった時に、初期から一緒になってバカやってくれる「準バカ」の存在が、いかにありがたいものだったかを気付かされた。

自分の中で、MBAの準備期間は将来に大きな飛躍をするための、しゃがみこむ時間だと思っている。2年後に飛び跳ねるときは、日本というコミュニティにとどまらず、世界中から集まったやつのなかで、そして米国という異国の地で、思い切りバカをやるはずである。

その時には、準バカの存在をより大事にして、仲間たちとムーブメントを作っていくことをより意識して物事に取り組みたいものだと思った。

バカな動画から、なんだか熱いトークになってしまったが、まぁたまにはこんなのもいいだろう。